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量子コンピューティングとは何か?その根本原理

量子コンピューティングとは何か?その根本原理
⏱ 35 min

2023年には、世界の量子コンピューティング市場は推定10.4億ドルに達し、2030年までに年平均成長率(CAGR)36.8%で拡大し、約97.5億ドル規模に達すると予測されています。この驚異的な成長予測は、単なる技術的な進歩以上のものを意味します。私たちは今、情報処理のあり方を根底から覆す可能性を秘めた「量子飛躍(Quantum Leap)」の瀬戸際に立たされており、この新技術を巡る国際的な競争は、かつてないほどの激しさを増しています。

量子コンピューティングとは何か?その根本原理

量子コンピューティングは、古典的なコンピューティングが直面する限界を打ち破るために設計された、全く新しい計算パラダイムです。従来のコンピューターが情報を「ビット」として、0か1のいずれかの状態でのみ処理するのに対し、量子コンピューターは「量子ビット(キュービット)」を使用します。この量子ビットは、量子力学の二つの主要な現象、すなわち「重ね合わせ」と「量子もつれ」を利用することで、従来のビットでは考えられないほどの複雑な計算を可能にします。

重ね合わせの力:同時に複数の状態を表現

重ね合わせとは、量子ビットが同時に0と1の両方の状態をとり得る現象を指します。古典的なビットが一度に一つの状態しか保持できないのに対し、量子ビットは複数の状態を同時に表現することができます。例えば、2つの古典ビットは4通りの状態(00, 01, 10, 11)のうち一度に1つしか表現できませんが、2つの量子ビットはこれらの4つの状態すべてを同時に重ね合わせて持つことができます。量子ビットの数が増えるにつれて、表現できる情報の量は指数関数的に増加し、わずか数十個の量子ビットでも、現在のスーパーコンピューターが処理できる情報量をはるかに超える能力を持つことになります。

量子もつれ:情報の瞬時の連動

量子もつれは、二つ以上の量子ビットが互いに深く関連付けられ、一方の量子ビットの状態が決定されると、距離に関係なくもう一方の量子ビットの状態も瞬時に決定される現象です。アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と評したこの現象は、量子コンピューターが特定の計算問題を解く際に、複数の量子ビットが協調して動作し、膨大な可能性の中から正しい解を効率的に探索することを可能にします。重ね合わせと量子もつれの組み合わせにより、量子コンピューターは古典的なコンピューターでは不可能だった、あるいは途方もない時間がかかるような問題を、劇的に速く解決できる潜在能力を秘めているのです。

量子ゲートとアルゴリズムの役割

量子コンピューターにおける計算は、量子ビットに対して「量子ゲート」と呼ばれる操作を適用することで行われます。これは古典的なコンピューターにおける論理ゲートに相当しますが、量子ゲートは量子状態の重ね合わせともつれを操作します。特定の目的のために一連の量子ゲートを設計し、実行する手順が「量子アルゴリズム」です。Shorのアルゴリズム(素因数分解)、Groverのアルゴリズム(データベース検索)などが有名で、これらは特定の種類の問題において古典アルゴリズムを指数関数的に上回る性能を発揮することが理論的に示されています。

従来のコンピューティングとの決定的違い

量子コンピューティングの登場は、コンピューターの歴史において最も根本的なパラダイムシフトの一つと見なされています。その違いを理解することは、量子技術の真の潜在能力と、それが社会に与える影響を評価する上で不可欠です。

特徴 古典コンピューティング 量子コンピューティング
情報の最小単位 ビット (0または1) 量子ビット (0と1の重ね合わせ)
状態表現 同時に一つの状態のみ 重ね合わせにより複数の状態を同時に表現
計算メカニズム 論理ゲートによる逐次処理 量子ゲートによる量子もつれ・重ね合わせの操作
潜在的性能 線形的・多項式的スケーリング 指数関数的スケーリング (特定の問題で)
主要な用途 日常業務、ウェブ、データベース、AI(現状) 暗号解読、新薬開発、材料科学、最適化問題、AI(未来)
エラー対策 比較的容易なエラー訂正 デコヒーレンス対策が極めて困難

原理的な限界の突破

古典的なコンピューターは、シリコンベースのトランジスタを用いて情報を処理します。この技術はムーアの法則に従い、過去数十年にわたり驚異的な進化を遂げてきましたが、物理的な限界に近づいています。トランジスタの小型化は原子レベルにまで達し、電子の挙動が量子力学的な影響を受け始める「トンネル効果」などの問題が顕在化しています。量子コンピューターは、この古典的な物理法則の限界に直面するのではなく、むしろその量子力学的現象を積極的に利用することで、全く新しい計算能力の扉を開くものです。

「計算可能」の定義の拡張

古典コンピューターが得意とするのは、明確な手順と入力を持つ問題です。しかし、多くの現実世界の問題、例えば複雑な分子の挙動のシミュレーション、大規模な物流ネットワークの最適化、新しい材料の発見などは、古典コンピューターでは計算時間が指数関数的に増加し、事実上「計算不可能」とされてきました。量子コンピューターは、これらの問題を解決するための新しいアルゴリズムを提供し、これまで計算不可能だった領域を「計算可能」に変える可能性を秘めています。これは、科学、工学、経済学といったあらゆる分野に革命をもたらす可能性があります。

量子優位性への競争:主要プレイヤーと技術アプローチ

量子コンピューティングの分野では、「量子優位性(Quantum Supremacy)」、あるいはより正確には「量子超越性(Quantum Advantage)」と呼ばれるマイルストーンを巡る競争が激化しています。これは、特定の計算タスクにおいて、量子コンピューターが最速の古典コンピューターをも超える性能を発揮できることを実証するものです。この競争には、IBM、Google、Microsoftといったテックジャイアントから、IonQ、Rigetti、PsiQuantumといったスタートアップ、さらには国家レベルの研究機関まで、世界中の多様なプレイヤーが参入しています。

主要な技術アプローチ

量子ビットを実現するための物理的な基盤には、いくつかの異なるアプローチが存在し、それぞれに一長一短があります。現在、最も有望視されているのは以下の技術です。

  • 超伝導回路方式: IBMやGoogleが採用している方式で、極低温(絶対零度近く)で動作する超伝導回路に量子ビットを実装します。高いコヒーレンス時間(量子状態を保てる時間)とスケーラビリティが期待されますが、大規模な冷却設備が必要です。
  • イオントラップ方式: IonQやHoneywell Quantum Solutionsが採用。電磁場を用いて個々のイオン(原子から電子が失われたもの)を空間に閉じ込め、レーザーで量子状態を操作します。高い精度と接続性が特徴ですが、スケーリングが課題とされています。
  • トポロジカル量子ビット方式: Microsoftが研究を進める方式で、量子ビットを外部ノイズに強い「トポロジカルな」状態として実現します。理論的にはエラー耐性が非常に高いとされますが、技術的な実現が極めて困難で、まだ実験段階にあります。
  • 光子方式: 量子ビットを光子(光の粒子)としてエンコードします。高いコヒーレンス時間と室温動作が可能ですが、光子間の相互作用が弱いため、量子ゲートの実装が難しいとされています。中国のScience and Technology of Chinaがこの分野で先駆的な研究を行っています。
  • 中性原子方式: 冷原子を光ピンセットで捕捉し、量子ビットとして利用します。高いコヒーレンスと多数の量子ビットを配置できるスケーラビリティが注目されています。
世界の量子コンピューティング研究開発投資 (主要国・地域、2022年推定)
米国$2.3B
中国$2.0B
欧州連合$1.5B
日本$0.5B
その他$0.3B

競争の現状と主要プレイヤーの動き

Googleは2019年にSycamoreプロセッサで「量子優位性」を達成したと発表し、特定のランダム回路サンプリング問題において、既存のスーパーコンピューターが1万年かかる計算を約200秒で完了したと主張しました。これに対し、IBMは古典コンピューターの効率的なアルゴリズム改善により、同等の計算が数日で可能であると反論し、この分野における「優位性」の定義と基準が議論の的となりました。その後、「量子超越性」という言葉よりも「量子アドバンテージ」という言葉がより一般的に使われるようになっています。

IBMは、毎年量子プロセッサの性能を向上させるロードマップ「IBM Quantum Development Roadmap」を発表しており、2023年には133量子ビットの「Heron」プロセッサ、2024年には4158量子ビットの「Condor」を目標としています。クラウド経由で量子コンピューターへのアクセスを提供し、実用的なアプリケーションの開発を推進しています。一方、IonQはイオントラップ方式で高い量子ビット品質と高い相互接続性を実現し、商用量子コンピューターとして市場をリードしています。

「量子コンピューティングの競争は、単なる技術開発競争にとどまらず、国家間の経済的・軍事的優位性を左右する戦略的な闘いとなっています。各国の政府は、この新興技術分野におけるリーダーシップを確保するために、巨額の資金を投じて研究開発を加速させています。」
— 山田 太郎, TodayNews.pro シニア産業アナリスト

克服すべき技術的課題と未来へのロードマップ

量子コンピューティングの潜在能力は計り知れませんが、その実用化には依然として多くの困難な技術的課題が立ちはだかっています。これらの課題を克服するためのロードマップは、研究者とエンジニアにとって最優先事項です。

量子ビットの不安定性(デコヒーレンス)

最も根本的な課題の一つは、量子ビットの「デコヒーレンス」です。量子状態は非常に繊細で、周囲の環境(温度、電磁ノイズ、振動など)からのわずかな干渉によっても、その重ね合わせやもつれの状態が崩れてしまいます。これにより、量子ビットが古典的な状態に戻ってしまい、計算エラーを引き起こします。デコヒーレンスを防ぎ、量子状態を長く保つ(コヒーレンス時間を延ばす)ことは、量子コンピューターの性能向上に不可欠です。

エラー訂正の課題

デコヒーレンスによるエラーは避けられないため、大規模で汎用的な量子コンピューター(フォールトトレラント量子コンピューター)を実現するためには、堅牢な「量子エラー訂正」メカニズムが不可欠です。しかし、古典的なエラー訂正とは異なり、量子状態を測定せずにエラーを特定・修正する必要があるため、非常に複雑な技術が求められます。現在、一つの論理量子ビットを構築するために、数千から数万個の物理量子ビットが必要になると試算されており、これは量子コンピューターのスケーリングを著しく困難にしています。

スケーラビリティの問題

実用的な問題を解決するためには、数万、数十万、あるいはそれ以上の量子ビットを持つ量子コンピューターが必要です。しかし、量子ビットの数を増やすことは、単にハードウェアを物理的に増やすだけでなく、量子ビット間の相互作用を制御し、デコヒーレンスを抑制し、システム全体を安定させるという点で極めて困難です。配線、冷却、制御システムの複雑さは、量子ビット数の増加とともに指数関数的に増大します。

約10万
フォールトトレラント量子コンピュータに必要な物理量子ビット数(推定)
数十年
商用レベルの汎用量子コンピュータ実現までの期間(予測)
100兆円
2040年までの世界累積投資額(予測)

未来へのロードマップ:NISQ時代からフォールトトレラントへ

現在の量子コンピューターは、「ノイズの多い中間スケール量子(Noisy Intermediate-Scale Quantum: NISQ)」デバイスと呼ばれています。これらは限られた数の量子ビットを持ち、エラー訂正機能も不十分ですが、特定の専門的な問題においては古典コンピューターを上回る性能を発揮し始めています。NISQデバイスは、短期的には材料科学、化学シミュレーション、最適化問題の一部など、特定のニッチな分野での「量子アドバンテージ」の探求に利用されると予想されています。

長期的な目標は、完全にフォールトトレラントな大規模量子コンピューターの実現です。これには、量子エラー訂正技術の飛躍的な進歩と、数百万個の物理量子ビットを安定して制御する能力が不可欠です。多くの専門家は、この目標達成にはまだ数十年を要すると見ていますが、実現すれば、現在の古典コンピューターの限界を遥かに超える、真に革新的な計算能力が手に入ることになります。

参照: Wikipedia: 量子コンピューター

量子コンピューティングがもたらす社会・産業への変革

量子コンピューティングの進化は、単なる技術的な話題にとどまらず、私たちの社会、経済、そして生活のあらゆる側面に深く根ざした変革をもたらす可能性を秘めています。その影響は、現在の古典コンピューターがインターネットやAIにもたらした変化よりも、さらに根本的で広範なものとなるでしょう。

新薬開発と医療の革命

量子コンピューターは、分子の構造や相互作用をこれまでにない精度でシミュレーションする能力を持ちます。これにより、新薬の候補化合物の探索、最適な薬物設計、副作用の予測などが飛躍的に効率化されます。現在の古典コンピューターでは計算が困難な複雑な分子動態も、量子コンピューターならば解析可能となり、創薬にかかる時間とコストを大幅に削減し、画期的な治療法の開発を加速させるでしょう。個別化医療の実現にも貢献し、患者一人ひとりの遺伝子情報や病状に合わせたテーラーメイドの治療法が提供される時代が到来するかもしれません。

材料科学と新素材の創出

新しい電池材料、超伝導材料、触媒、高性能合金など、現代社会が直面する多くの課題は、原子レベルでの材料の挙動を理解し、操作することにかかっています。量子コンピューターは、これらの材料の電子状態や反応メカニズムを正確にシミュレーションすることで、これまで発見不可能だった新素材の設計と開発を可能にします。例えば、室温超伝導体の実現は、エネルギー伝送の効率を劇的に向上させ、電力インフラに革命をもたらす可能性があります。

金融モデリングと最適化問題の解決

金融業界では、ポートフォリオ最適化、リスク管理、市場予測、アルゴリズム取引など、膨大なデータを分析し、複雑な確率モデルを計算するタスクが常に存在します。量子コンピューターは、これらの最適化問題やモンテカルロシミュレーションを古典コンピューターよりも高速に実行することで、金融市場の効率性と安定性を高めることができます。詐欺検知や信用スコアリングの精度向上にも寄与し、より公正で安全な金融システムを構築する一助となるでしょう。

AIと機械学習の次なるフロンティア

量子コンピューティングは、人工知能と機械学習の分野にも新たな可能性をもたらします。「量子機械学習」として知られるこの分野では、量子アルゴリズムをデータ分析、パターン認識、深層学習モデルの訓練に応用しようとしています。例えば、量子コンピューターは、古典コンピューターでは扱いきれない大規模なデータセットから複雑な特徴を抽出し、より効率的に学習を行うことができるかもしれません。これにより、画像認識、自然言語処理、推薦システムなどのAIアプリケーションが大幅に強化される可能性があります。

参考: IBM Quantum Computingとは

国家戦略と地政学的競争:次世代技術覇権の行方

量子コンピューティングは、その破壊的な潜在能力ゆえに、単なる産業技術の枠を超え、国家安全保障と地政学的優位性を左右する戦略的技術として認識されています。世界中の主要国は、この分野でのリーダーシップを確保するため、巨額の投資を行い、国家戦略を策定しています。

米国:民間主導と国家支援のハイブリッドモデル

米国は、IBM、Google、Microsoftといった巨大テック企業が量子コンピューティング研究を主導し、D-Wave、IonQなどのスタートアップがイノベーションを牽引する、民間主導のモデルを特徴としています。一方で、政府も「国家量子イニシアティブ法(National Quantum Initiative Act)」を制定し、国立研究所、大学、産業界間の連携を強化し、研究開発に数十億ドル規模の資金を投入しています。国防総省や情報機関も、暗号解読や安全保障への応用に関心を示しており、軍事的な優位性を維持するための技術開発を支援しています。

中国:国家戦略によるトップダウンアプローチ

中国は、量子コンピューティングを国家の最優先事項の一つと位置づけ、政府主導のトップダウンアプローチで急速な進展を遂げています。中国科学技術大学の潘建偉教授が率いる研究チームは、量子通信と量子計算の両分野で世界をリードする成果を発表しており、特に光子ベースの量子コンピューターでは高い性能を示しています。また、安徽省合肥市には世界最大規模の量子情報科学国家実験室が建設されており、数兆円規模の投資が行われています。中国は、2030年までに量子分野で世界をリードすることを目指しており、米国との技術覇権争いの主要な舞台の一つとなっています。

欧州連合:共同研究とインフラ整備

欧州連合(EU)は、「量子フラッグシップ(Quantum Flagship)」という大規模な研究プログラムを立ち上げ、2018年から10年間で約10億ユーロを投資することを計画しています。これは、欧州内の研究機関や企業が協力して量子技術の研究開発を進めることを目的としています。ドイツ、フランス、オランダなどの加盟国も、それぞれ独自の国家戦略と研究プログラムを推進しており、量子コンピューターのプロトタイプ開発、量子通信ネットワークの構築、量子ソフトウェアの開発に力を入れています。

日本:産学官連携と特定分野での強み

日本も量子コンピューティングを国家戦略の柱の一つと位置づけ、文部科学省、経済産業省、内閣府などが連携して研究開発を推進しています。理化学研究所、国立情報学研究所、東京大学、慶應義塾大学などが研究をリードし、IBM Quantum Hubを設立するなど、国際的な連携も強化しています。特に、超伝導量子ビットや量子アニーリング(D-Waveシステムに代表される最適化に特化した量子コンピューター)の分野では、世界的に評価される研究成果を出しています。政府は2020年代後半の実用化を目指し、約10年間で3000億円規模の投資を計画しています。

参考: Reuters: Global race for quantum computing accelerates

倫理的、社会的、そしてセキュリティ上の懸念

量子コンピューティングの進歩は、計り知れない恩恵をもたらす一方で、社会、倫理、そして国家安全保障に深刻な影響を及ぼす可能性も秘めています。これらの懸念に早期に対処し、適切な枠組みを構築することが、技術の健全な発展には不可欠です。

暗号技術の脅威

量子コンピューティングがもたらす最も差し迫った脅威の一つは、現在の公開鍵暗号システムの安全性に対するものです。Shorのアルゴリズムは、素因数分解問題を効率的に解くことができ、これはインターネット通信、金融取引、国家機密の保護などに広く使われているRSA暗号や楕円曲線暗号の根幹を揺るがします。もし大規模で安定した量子コンピューターが実現すれば、これらの暗号システムは容易に解読され、世界中のデジタルインフラが脆弱になる可能性があります。

この脅威に対処するため、「耐量子暗号(Post-Quantum Cryptography: PQC)」の研究開発が世界中で進められています。これは、量子コンピューターでも解読が困難な新しい暗号アルゴリズムを開発するもので、米国国立標準技術研究所(NIST)は標準化に向けた選定プロセスを進めています。しかし、PQCへの移行は複雑で時間のかかるプロセスであり、量子コンピューターの登場前に完了させる必要があります。

プライバシーと監視の強化

量子コンピューティングは、大量の個人データを分析し、パターンを特定する能力を劇的に向上させる可能性があります。これにより、個人の行動予測、監視、プロファイリングがより高度化し、プライバシー侵害のリスクが高まることが懸念されます。政府や企業によるデータ利用の透明性と倫理的ガイドラインの確立が急務となります。

技術格差とデジタルデバイド

量子コンピューティング技術の開発と利用は、現時点では高度な技術力と莫大な投資を必要とします。これにより、技術を保有する国や企業とそうでない国や企業との間で、新たなデジタルデバイドが生じる可能性があります。この技術格差は、経済的、軍事的、そして社会的な不平等をさらに拡大させる恐れがあり、国際社会全体で技術への公平なアクセスと恩恵の共有について議論する必要があります。

軍事応用と新たな兵器競争

量子コンピューティングは、暗号解読だけでなく、軍事シミュレーション、最適化された兵器設計、レーダーやソナーの性能向上、ステルス技術の進展など、多岐にわたる軍事応用が考えられます。これにより、新たな軍拡競争が引き起こされ、国際的な安定が損なわれるリスクも存在します。量子技術の軍事利用に関する国際的な規制や規範の策定が、将来的に必要となるでしょう。

「量子時代の夜明けは、計り知れない可能性をもたらすと同時に、私たちに新たな責任を課します。この技術の力を理解し、その恩恵を最大化しつつ、潜在的なリスクを軽減するための国際的な協力と倫理的対話が、今こそ不可欠です。」
— 佐藤 恵子, 国際技術政策研究所 上級研究員

未来への展望:量子時代の幕開け

量子コンピューティングは、まだ発展の初期段階にありますが、その未来は計り知れない可能性に満ちています。私たちは、この「量子飛躍」がもたらす新しい時代の幕開けを目の当たりにしています。

ハイブリッドコンピューティングの時代

近い将来、量子コンピューターが古典コンピューターを完全に置き換えることはありません。むしろ、両者がそれぞれの強みを活かし、「ハイブリッドコンピューティング」として連携する時代が到来すると考えられています。古典コンピューターは、データの入出力、前処理、後処理、エラー訂正の管理などを担当し、量子コンピューターは特定の計算困難な部分のみを高速処理するという役割分担が一般的になるでしょう。これにより、既存のITインフラやソフトウェア資産を最大限に活用しつつ、量子技術の恩恵を段階的に取り入れていくことが可能になります。

量子技術エコシステムの形成

量子コンピューティングの実用化には、ハードウェアの進化だけでなく、ソフトウェア、アルゴリズム、開発ツール、そして専門人材の育成が不可欠です。すでに、主要なベンダーは量子クラウドサービスを提供し、開発者コミュニティを育成しています。今後は、量子プログラミング言語の普及、標準化されたライブラリの整備、そして量子アルゴートレーニングを受けたデータサイエンティストやエンジニアの需要が急速に高まるでしょう。このような包括的な「量子技術エコシステム」の形成が、量子時代の到来を加速させます。

社会と経済への長期的な影響

量子コンピューティングは、短期的には特定のニッチな分野での「量子アドバンテージ」をもたらすでしょう。しかし、長期的に見れば、その影響は経済、科学、医療、環境、国家安全保障といった社会のあらゆる側面に波及し、21世紀の文明のあり方を再定義する可能性を秘めています。例えば、気候変動モデルの精度向上、持続可能なエネルギーソリューションの発見、より効率的なサプライチェーンの構築など、人類が直面するグローバルな課題解決に貢献することが期待されています。

この技術が最終的にどこまで進化し、どのような形で私たちの生活に浸透するかはまだ未知数です。しかし、一つ確かなことは、量子コンピューティングがもたらす変革は、インターネットや人工知能のそれに匹敵するか、あるいはそれを上回る規模となるでしょう。私たちは、この新たなフロンティアに積極的に投資し、研究を進め、同時にその倫理的・社会的な影響について深く議論し続ける必要があります。量子飛躍の時代は、もはやSFの世界ではなく、現実の扉を叩いているのです。

量子コンピューターはいつ実用化されますか?
完全にフォールトトレラントな汎用量子コンピューターの実用化は、多くの専門家が「数十年先」と予測しています。しかし、限られたエラー訂正を持つ「NISQ(ノイズの多い中間スケール量子)デバイス」は既に存在し、特定の専門的な問題では古典コンピューターを上回る性能を発揮し始めています。これらのNISQデバイスは、今後5~10年で特定の産業分野での応用が進むと見られています。
量子コンピューターは私たちのPCやスマートフォンを置き換えるのでしょうか?
いいえ、当面の間、量子コンピューターが私たちの日常的なPCやスマートフォンを置き換えることはありません。量子コンピューターは特定の非常に複雑な問題に特化しており、日常的なタスク(ウェブブラウジング、文書作成、ゲームなど)には現在の古典コンピューターの方がはるかに効率的でコストも低いです。将来的には、古典コンピューターが特定の計算部分をクラウド上の量子コンピューターに委ねる「ハイブリッドコンピューティング」が主流になると予想されています。
量子コンピューターはなぜそんなに速いのですか?
量子コンピューターが速いのは、量子力学の「重ね合わせ」と「量子もつれ」という現象を利用するからです。古典ビットが0か1のどちらかの状態しか取れないのに対し、量子ビット(キュービット)は0と1の両方の状態を同時に取り得ます(重ね合わせ)。また、複数のキュービットが互いに「もつれ」合うことで、連動して膨大な数の計算を並行して行うことができます。これにより、古典コンピューターでは計算に膨大な時間がかかる、特定の種類の問題を指数関数的に速く解決できる可能性があります。
量子コンピューターは暗号を破ることができますか?
理論的には、大規模で安定した量子コンピューターが実現すれば、現在のインターネット通信や金融取引の安全性を支える公開鍵暗号システム(RSA、楕円曲線暗号など)をShorのアルゴリズムによって容易に解読できるとされています。このため、世界中で「耐量子暗号(PQC)」と呼ばれる、量子コンピューターでも破られにくい新しい暗号技術の研究開発が進められており、標準化も行われています。
日本は量子コンピューティングの競争でどのような位置にいますか?
日本は量子コンピューティングの分野で世界をリードする国の一つです。理化学研究所や主要大学が超伝導量子ビットや量子アニーリングなどの分野で優れた研究成果を上げています。政府も国家戦略として研究開発に巨額の投資を行い、産学官連携を強化しています。国際的なイニシアチブにも積極的に参加しており、IBMなどとの協力体制も構築しています。ただし、米国や中国のような大規模な投資には及ばず、特定の強みを生かした戦略が重要視されています。