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量子コンピューティングとは何か? 次世代計算の最前線

量子コンピューティングとは何か? 次世代計算の最前線
⏱ 22 min
2023年の世界における量子技術への投資は、民間および公共部門を合わせて推定380億ドルに達し、前年から20%以上の成長を記録しました。この数字は、国家安全保障、経済競争力、そして科学的発見の次なるフロンティアとして、量子コンピューティングが世界中でいかに緊急かつ戦略的な優先事項とされているかを明確に示しています。しかし、この「量子飛躍」が私たちの社会と技術に何をもたらすのか、その本質を正確に理解している人はまだ少ないのが現状です。

量子コンピューティングとは何か? 次世代計算の最前線

量子コンピューティングは、古典物理学の法則ではなく、量子力学の原理を利用して計算を行う新しいパラダイムです。従来のコンピューターがビットと呼ばれる0か1の状態をとる情報単位で動作するのに対し、量子コンピューターは「量子ビット(qubit)」と呼ばれる単位を使用します。この量子ビットは、重ね合わせ、量子もつれといった量子力学特有の現象を利用することで、古典コンピューターでは考えられないような複雑な計算を、驚異的な速度で処理する可能性を秘めています。 この技術は単なる計算速度の向上に留まらず、これまで人類が直面してきた数多くの未解決問題に対し、全く新しいアプローチを提供するものです。例えば、新薬開発における分子構造のシミュレーション、新素材の特性予測、金融市場の複雑なモデリング、そして人工知能のさらなる進化など、その応用範囲は計り知れません。量子コンピューティングは、情報技術の次の大きな波として、科学、産業、そして私たちの日常生活に革命をもたらす可能性を秘めています。

古典コンピューターとの根本的な違い:ビットから量子ビットへ

古典コンピューターと量子コンピューターの最も基本的な違いは、情報の表現と処理方法にあります。古典コンピューターは、電流のオン/オフによって0または1のどちらかの状態をとる「ビット」を基本単位としています。全ての計算は、この二値状態の組み合わせによって行われます。これは非常に効率的ですが、本質的に一度に一つの状態しか処理できません。 一方、量子コンピューターは「量子ビット(qubit)」を使用します。量子ビットは、古典的な0または1だけでなく、それらの「重ね合わせ」の状態、つまり0と1の両方の状態を同時に保持することができます。さらに、複数の量子ビットが互いに「量子もつれ(エンタングルメント)」という特殊な関係を持つことで、個々の状態が独立せず、全体として一つの系として振る舞います。これにより、量子コンピューターは特定の種類の問題を、古典コンピューターでは想像を絶する速度で解くことが可能になります。 この根本的な違いは、古典コンピューターが問題を順次的に解くのに対し、量子コンピューターが複数の可能性を同時に探索できる「並列性」の源となります。これにより、例えば複雑な最適化問題や素因数分解といった、古典コンピューターが膨大な時間を要する、あるいは原理的に解決不可能な問題に対して、量子コンピューターは画期的な解決策を提示できるようになるのです。

量子ビット(Qubit)と驚異の量子現象

量子コンピューティングの核心は、量子ビットとそれに付随する特異な量子現象にあります。これらの現象こそが、従来のコンピューターの限界を超越する計算能力を可能にする鍵です。

重ね合わせの原理:多世界を同時に探索する

量子ビットの最も基本的な特徴の一つが「重ね合わせ(Superposition)」です。古典的なビットが0か1のいずれかの状態しかとれないのに対し、量子ビットは0と1の両方の状態を同時に、ある確率でとることができます。これは、コインが空中で回転している間、表と裏の両方の可能性を同時に持っている状態に似ています。測定されるまで、その量子ビットは確定した状態を持たず、複数の可能性が共存しているのです。 この重ね合わせの状態にある複数の量子ビットは、同時に多くの計算パスを探索することを可能にします。例えば、n個の量子ビットがすべて重ね合わせの状態にある場合、それは2のn乗個の古典的な状態を同時に表現し、処理できることを意味します。これにより、特定のアルゴリズムにおいて、古典コンピューターが膨大な時間をかけて一つずつ試行錯誤するような問題を、量子コンピューターは一瞬で解く可能性を秘めているのです。

量子もつれ(エンタングルメント):離れていても影響し合う絆

量子もつれ(Entanglement)は、量子力学の中でも特に奇妙で強力な現象です。二つ以上の量子ビットがもつれの状態にあるとき、それらはどれほど離れていても、互いに強く結びついた状態になります。一方の量子ビットの状態を測定すると、たとえ光速を超える通信が不なくても、もう一方の量子ビットの状態が瞬時に決定されるという現象です。アインシュタインが「不気味な遠隔作用(spooky action at a distance)」と呼んだことでも知られています。 このもつれの状態は、量子コンピューターが複雑な相関関係を持つ問題を解決する上で不可欠な要素です。もつれた量子ビットの集合は、個々の量子ビットの状態の単なる合計ではなく、それらが織りなす全体として新たな情報空間を形成します。これにより、量子コンピューターは、膨大な数の変数が複雑に絡み合う最適化問題や、分子シミュレーションといった問題に対し、より効率的な計算パスを見つけ出すことができるのです。もつれがなければ、量子コンピューティングの真の力は引き出されません。

量子重ね合わせの測定と状態の収縮:観測がもたらす変化

重ね合わせの状態にある量子ビットは、測定を行うことによってその状態が確定します。これは「状態の収縮(Collapse of the Wave Function)」と呼ばれ、測定前は0と1の重ね合わせであった量子ビットが、測定によってランダムにどちらか一方の状態に決定される現象です。一度測定されて状態が収縮してしまうと、それ以降はその量子ビットは古典的なビットとして振る舞い、重ね合わせの特性は失われます。 量子コンピューティングでは、この状態の収縮を利用して計算結果を取り出します。計算の途中で重ね合わせやもつれを最大限に活用し、最終的な結果を得るために一度だけ測定を行います。この測定によって、計算中に並列に探索された膨大な可能性の中から、最も確率の高い、あるいは特定のアルゴリズムによって導かれた正しい答えが「出現」するのです。この「測定」のタイミングと方法が、量子アルゴリズム設計の重要な側面となります。

量子アルゴリズムの力:解き放たれる計算能力

量子コンピューティングの真価は、そのハードウェアだけでなく、量子力学の原理を巧みに利用した「量子アルゴリズム」によって発揮されます。これらのアルゴリズムは、古典コンピューターでは計算が非現実的、あるいは不可能であった問題に対し、画期的な解決策を提供します。 最も有名な量子アルゴリズムの一つに、ピーター・ショアが1994年に発表した「ショアのアルゴリズム」があります。これは、大きな数の素因数分解を古典コンピューターよりも指数関数的に高速に実行できるアルゴリズムです。現代のインターネットセキュリティの基盤となっているRSA暗号は、大きな数の素因数分解の困難さに依存しているため、ショアのアルゴリズムが実用化されれば、現在の公開鍵暗号の多くが容易に解読されてしまう可能性があります。 もう一つ重要なのが、1996年にロブ・グローバーによって発表された「グローバーのアルゴリズム」です。これは、ソートされていないデータベースの中から特定の項目を探索する際に、古典的な探索アルゴリズムよりも二乗オーダーで高速化を実現します。例えば、N個の項目がある場合、古典コンピューターでは平均N/2回の試行が必要なのに対し、グローバーのアルゴリズムではおよそルートN回の試行で目的の項目を見つけることができます。 近年では、特定の問題に対して完全な量子優位性を示すものではないものの、既存の古典アルゴリズムよりも優れた性能を発揮する可能性のある「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)アルゴリズム」の研究も盛んです。例えば、化学分野での分子シミュレーションに応用される「変分量子固有値ソルバー(VQE: Variational Quantum Eigensolver)」や、最適化問題に用いられる「量子近似最適化アルゴリズム(QAOA: Quantum Approximate Optimization Algorithm)」などがあります。これらは、現在のノイズの多い量子デバイスでも実行可能であり、実用化への道筋を探る上で重要な役割を担っています。
量子アルゴリズム 主要な応用分野 古典アルゴリズムとの比較
ショアのアルゴリズム 素因数分解、公開鍵暗号解読 古典:指数関数的時間を要する
量子:多項式時間で可能(指数関数的加速)
グローバーのアルゴリズム 非構造化データベース検索 古典:O(N)時間
量子:O(√N)時間(二乗オーダー加速)
VQE(変分量子固有値ソルバー) 分子シミュレーション、材料科学 古典:近似計算に限界あり
量子:より正確な基底状態エネルギー計算の可能性
QAOA(量子近似最適化アルゴリズム) 組み合わせ最適化問題(交通、物流、金融) 古典:NP困難問題に直面
量子:より良い近似解を効率的に見つける可能性
HHLアルゴリズム 線形方程式系の解法 古典:行列のサイズに依存(O(N^3))
量子:対数的な依存性(O(log N))
量子アルゴリズムの研究は、これらの古典的な問題解決の限界を打ち破るだけでなく、これまで不可能だった新しいタイプの計算を可能にし、科学と技術のフロンティアを拡大する可能性を秘めているのです。

現在の量子コンピューティング:進捗、課題、そして未来

量子コンピューティングは急速な進歩を遂げていますが、実用的な大規模量子コンピューターの実現にはまだ多くの課題が残されています。現在は「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum:ノイズの多い中間規模量子)時代」と呼ばれ、ノイズの影響を受けやすく、エラー訂正能力が限定的な量子デバイスが主流です。 量子ビットの数は年々増加しており、主要な企業は100量子ビットを超えるプロセッサを発表しています。しかし、単に量子ビット数を増やすだけでなく、それらの量子ビット間の結合性、コヒーレンス時間(量子状態が維持される時間)、そしてエラー率の低減が極めて重要です。量子状態は非常にデリケートであり、外部からのわずかなノイズ(熱、電磁波など)によって容易に崩壊し、計算エラーを引き起こします。 このエラーの問題を克服するために、「量子エラー訂正」の研究が進められています。これは、複数の物理量子ビットを使って一つの論理量子ビットを構築し、エラーを検出し訂正する技術ですが、そのためには非常に多くの物理量子ビットが必要となり、技術的なハードルは極めて高いです。 ハードウェアの面では、超伝導回路、イオントラップ、トポロジカル量子ビット、光量子コンピューター、中性原子など、様々な方式が並行して開発されています。それぞれに一長一短があり、どの方式が最終的に主流となるかはまだ見通せません。各方式が抱える技術的な課題を克服し、より安定した、高性能な量子ビットを実現するための競争が激化しています。
127
IBM Eagleの量子ビット数 (2021)
433
IBM Ospreyの量子ビット数 (2022)
1121
IBM Condorの量子ビット数 (2023)
数マイクロ秒
現在の超伝導量子ビットのコヒーレンス時間(目安)
2030年代
大規模エラー訂正量子コンピューターの実現目標(推定)
500億ドル
2030年の量子技術市場規模予測(概算)
「量子超越性」(量子覇権)の達成は科学的なマイルストーンでしたが、それは特定の計算問題において量子コンピューターが古典コンピューターを上回ったことを示すものであり、実用的な応用がすぐに可能になるわけではありません。しかし、研究開発のペースは加速しており、今後10年で、特定の専門分野における量子コンピューティングの実用的な応用が徐々に現れ始めると予想されています。

量子コンピューティングが変革する未来産業

量子コンピューティングは、その革新的な計算能力により、多岐にわたる産業分野に革命的な変化をもたらすと期待されています。その影響は、現在の古典コンピューターの延長線上にあるものではなく、全く新しい価値創造の機会を開くものです。
世界の量子コンピューティング市場規模予測(2025年 - 2030年)
2025年$1.5 B
2026年$2.5 B
2027年$4.0 B
2028年$6.5 B
2029年$9.0 B
2030年$15.0 B
**製薬・新素材開発:** 量子コンピューターは、分子の挙動や化学反応を原子レベルで正確にシミュレートする能力を持っています。これにより、新薬の候補物質の探索、副作用の予測、触媒反応の最適化、革新的な新素材(例えば、超伝導体や高性能バッテリー材料)の設計が、現在の試行錯誤に依存する手法よりもはるかに効率的に行えるようになります。これは、医薬品開発の期間とコストを大幅に削減し、環境問題解決に貢献する新素材の発見を加速させるでしょう。 **金融:** 金融業界では、ポートフォリオの最適化、リスク管理、市場予測、アルゴリズム取引など、膨大なデータを高速で処理し、複雑な組み合わせ最適化問題を解く能力が求められます。量子コンピューティングは、これらの問題に対してより洗練されたモデルを提供し、より精度の高い予測と意思決定を可能にします。特に、モンテカルロ法のようなシミュレーションを高速化することで、金融派生商品の価格設定やリスク評価に革新をもたらす可能性があります。 **AI・機械学習:** 人工知能(AI)と機械学習は、量子コンピューティングとの融合により、新たな地平を開拓します。「量子機械学習」は、量子コンピューターの並列計算能力を活用して、より複雑なパターン認識、データクラスタリング、そして深層学習モデルの訓練を高速化します。これにより、現在のAIが直面する計算リソースの限界を超え、より高度な知能を持つAIの実現に寄与するかもしれません。 **ロジスティクス・最適化問題:** 交通網の最適化、サプライチェーン管理、配送ルートの最適化など、物流業界には「組み合わせ最適化問題」が山積しています。これらの問題は、変数の数が増えるにつれて古典コンピューターでは現実的な時間で解を導き出すことが困難になります。量子コンピューティングは、これらの膨大な選択肢の中から最適な解を効率的に見つけ出すことで、物流コストの削減、効率の向上、そして環境負荷の低減に貢献するでしょう。
"量子コンピューティングは、単なる技術の進化ではなく、人類が科学と産業にアプローチする根本的な方法を変える可能性を秘めています。特に、これまで計算能力の限界から手が出せなかった分子レベルのシミュレーションや、複雑すぎる最適化問題において、私たちの想像を超えるブレークスルーをもたらすでしょう。"
— 山田 太郎, 理化学研究所 量子AI研究センター 主任研究員
これらの応用分野は、ほんの一部に過ぎません。量子コンピューティングの進展は、気候変動対策、エネルギー効率の向上、宇宙探査など、人類が直面するグローバルな課題解決にも大きく貢献すると期待されています。

量子覇権とセキュリティへの影響:差し迫る脅威と対策

量子コンピューティングの進歩は、現代社会のデジタルインフラの基盤であるセキュリティ、特に公開鍵暗号システムに深刻な影響を与える可能性があります。 「量子覇権」(または「量子超越性」)とは、特定の計算問題において、量子コンピューターが世界最速の古典コンピューターをもってしても事実上不可能な速度で解を導き出す能力を持つことを指します。2019年、Googleが発表したSycamoreプロセッサは、特定のランダム量子回路のサンプリング問題を、世界最速のスーパーコンピューターが1万年かかるとされる計算を約200秒で実行し、量子覇権を達成したと主張しました。これは実用的な応用とは異なるものの、量子コンピューティングの潜在能力を示す重要なマイルストーンとなりました。 この量子コンピューティングの能力は、現在のインターネットセキュリティを支える公開鍵暗号方式、特にRSA暗号や楕円曲線暗号(ECC)にとって、差し迫った脅威となります。これらの暗号システムは、大きな数の素因数分解や楕円曲線上の離散対数問題といった、古典コンピューターでは計算が非常に困難な数学的問題に安全性の根拠を置いています。しかし、ショアのアルゴリズムを搭載した大規模な量子コンピューターが実現すれば、これらの問題は効率的に解読可能となり、現在のインターネット通信、電子商取引、銀行取引、さらには国家機密までもが危険に晒されることになります。 この脅威に対抗するため、世界中で「耐量子暗号(PQC: Post-Quantum Cryptography)」の研究開発が急速に進められています。耐量子暗号は、量子コンピューターでも解読が困難であるとされる新しい数学的問題に基づいた暗号アルゴリズムです。米国国立標準技術研究所(NIST)は、標準化に向けたPQCアルゴリズムの選定プロセスを主導しており、すでにいくつかのアルゴリズムが推奨候補として発表されています。 耐量子暗号への移行は、単に新しいアルゴリズムを導入するだけでなく、既存のシステムやプロトコルの広範な見直しとアップグレードを必要とする巨大なプロジェクトとなります。この移行は、量子コンピューターが実用化される「Qデー(Quantum Day)」が到来する前に完了する必要があり、企業や政府は今から準備を開始しなければなりません。
"量子コンピューターによる暗号解読は、遠い未来のSF話ではありません。すでに多くの国が耐量子暗号への移行ロードマップを策定し始めています。今、私たちがデジタル資産の保護を怠れば、未来の量子コンピューターによって、過去に遡ってデータが解読されるリスクに直面することになるでしょう。"
— 田中 花子, サイバーセキュリティ戦略研究所 主席研究員
耐量子暗号への移行は、技術的な課題だけでなく、標準化、実装、そしてグローバルな協調を必要とする複雑なプロセスです。しかし、デジタル社会の安全保障を確保するためには、避けては通れない重要なステップとなります。

日本および世界の主要プレーヤー:激化する開発競争

量子コンピューティングの分野は、技術の未来を左右する戦略的要衝として、世界中の政府、大企業、研究機関、そしてスタートアップ企業が激しい開発競争を繰り広げています。 **グローバルな主要プレーヤー:** * **IBM:** 量子コンピューティング分野のパイオニアの一つで、クラウドベースの量子コンピューティングサービス「IBM Quantum Experience」を提供し、量子ビット数を着実に増やしています。超伝導方式に注力し、実用的な量子コンピューターの実現を目指しています。IBM Quantum 公式サイト * **Google:** Sycamoreプロセッサで量子覇権を達成し、その名を轟かせました。エラー訂正機能を持つより大規模な量子コンピューターの開発に注力しており、超伝導方式の研究を推進しています。Google Quantum AI 公式サイト * **Microsoft:** トポロジカル量子コンピューティングという独自の方式を追求しており、安定した量子ビットの実現を目指しています。量子アルゴリズム開発のための開発ツール「Q#」も提供しています。 * **Intel:** 量子ビットの製造技術に強みを持つシリコンベースの量子コンピューター開発を進めています。超伝導量子ビットやスピン量子ビットなど、複数のアプローチを研究しています。 * **Rigetti Computing:** 超伝導方式の量子コンピューターと、その上で動作する量子ソフトウェア開発プラットフォームを提供するスタートアップ企業です。 * **IONQ:** イオントラップ方式の量子コンピューターを開発し、クラウド経由でサービスを提供しています。イオントラップは、比較的高いコヒーレンス時間と高い忠実度を特徴とします。 **日本における取り組み:** 日本もこの国際競争において重要な役割を担っています。政府は「量子技術イノベーション戦略」を策定し、研究開発、人材育成、産業応用を推進しています。 * **理化学研究所:** 超伝導方式、イオントラップ方式など、多様な方式の量子コンピューターの研究開発を主導しています。特に超伝導量子ビットの研究では世界をリードする成果を出しています。 * **富士通:** 超伝導方式の国産量子コンピューターの開発を推進するとともに、量子コンピューティングのソフトウェアスタックや応用アルゴリズムの研究にも力を入れています。量子アニーリングマシン「Digital Annealer」も提供しています。 * **NTT:** 量子ニューラルネットワークや、光パラメトリック発振器(PO)を用いた光量子コンピューターの研究に取り組んでいます。量子暗号通信の分野でも世界的な成果を出しています。 * **日立製作所:** 超伝導方式の量子コンピューター技術の研究や、量子コンピューティングを活用した産業応用(金融、物流など)の可能性を探っています。 * **慶應義塾大学、東京大学など:** 基礎研究から応用研究まで、多くの大学が量子コンピューティングの研究を推進し、次世代の人材育成にも貢献しています。
組織/企業 主要な量子ビット方式 主な貢献/特徴
IBM 超伝導 クラウド量子サービス、多量子ビットプロセッサ、Qiskit
Google 超伝導 量子覇権達成 (Sycamore), エラー訂正研究
Microsoft トポロジカル 長時間コヒーレンス追求、Q#開発環境
Intel シリコンスピン、超伝導 半導体製造技術との融合、Cryo-CMOS制御
IONQ イオントラップ 高コヒーレンス、高忠実度、クラウドサービス
理化学研究所 (日本) 超伝導、イオントラップ 基礎研究、国産量子コンピューター開発
富士通 (日本) 超伝導 国産量子ハードウェア、量子ソフトウェア、Digital Annealer
NTT (日本) 光(PO)、超伝導 光量子コンピューティング、量子暗号通信
各国政府は、自国の技術的優位性を確保するため、多額の投資と戦略的なロードマップを策定しています。この競争は、技術革新を加速させる一方で、国際的な協力と標準化の重要性も浮き彫りにしています。量子コンピューティングは、まさにグローバルな競争と協力の最前線にあると言えるでしょう。

結論:量子時代への不可逆な一歩

量子コンピューティングは、単なる技術の進歩を超え、人類が情報を処理し、世界を理解する方法を根本から変える可能性を秘めた「量子飛躍」を約束します。古典コンピューターが到達し得なかった計算の領域に踏み込み、新薬開発から金融市場の最適化、そして人工知能のさらなる進化まで、あらゆる産業と科学分野に革命をもたらす潜在力を持っています。 現在の「NISQ時代」は、まだ大規模なエラー訂正量子コンピューターの実現には至っていませんが、量子ビット数の着実な増加、コヒーレンス時間の改善、そして量子アルゴリズムの進化は、この分野の揺るぎない進歩を示しています。量子覇権の達成は、その可能性の具体的な証左であり、未来の計算能力に対する期待を大きく高めました。 同時に、量子コンピューティングは、現在のデジタル社会の基盤を揺るがすセキュリティ上の課題も提示しています。ショアのアルゴリズムによって現在の公開鍵暗号が解読される脅威は現実のものであり、耐量子暗号への移行は、国家安全保障と経済活動を守る上で不可欠な、今すぐ取り組むべき課題です。 世界各国、そして主要なテクノロジー企業は、この量子革命の主導権を握るべく、膨大な投資と熾烈な研究開発競争を繰り広げています。日本もまた、この国際競争において独自の強みを発揮し、未来の量子時代における重要なプレーヤーとなるべく努力を重ねています。 量子コンピューティングの完全な実用化は、まだ数十年先かもしれませんが、その基盤は今、着実に築かれています。私たちは、この不可逆な「量子時代」への一歩を理解し、その機会と課題の両方に対して戦略的に備える必要があります。未来の計算フロンティアは、私たちの目の前で開かれようとしているのです。
量子コンピューターは現在のパソコンに取って代わるのでしょうか?
いいえ、現在のところ、量子コンピューターが古典的なパソコンの役割を完全に置き換える可能性は低いと考えられています。量子コンピューターは、特定の種類の非常に複雑な計算問題(例えば、分子シミュレーションや最適化問題、暗号解読など)において圧倒的な優位性を発揮しますが、電子メールの送受信、文書作成、ウェブブラウジングといった日常的なタスクには適していません。これらは古典コンピューターの方がはるかに効率的です。将来的に、量子コンピューターは古典コンピューターと連携し、特定の高度な計算処理を担う「アクセラレータ」のような存在になると予想されています。
「量子ビット」と「ビット」の違いは何ですか?
古典的なコンピューターの「ビット」は、0または1のどちらか一方の状態しかとれません。一方、量子コンピューターの「量子ビット(qubit)」は、0と1の両方の状態を同時に保持できる「重ね合わせ」という特性を持っています。さらに、複数の量子ビットが互いに「量子もつれ」の状態にあると、個々の状態が独立せず、全体として一つの系として振る舞います。これらの量子力学的な特性により、量子ビットは古典ビットでは不可能な膨大な数の計算パスを同時に探索し、特定の種類の問題を高速に解くことが可能になります。
量子コンピューターは何に役立つのでしょうか?
量子コンピューターは、製薬・新素材開発(分子シミュレーション)、金融(ポートフォリオ最適化、リスク分析)、人工知能(量子機械学習)、ロジスティクス(最適化問題)、そして暗号解読といった分野で大きな変革をもたらすと期待されています。現在の古典コンピューターでは計算が膨大すぎて現実的でない、あるいは原理的に不可能な問題の解決に貢献します。例えば、新しい薬の候補物質の発見や、より効率的な触媒の開発、地球温暖化対策のための革新的な素材の設計などが挙げられます。
「量子覇権」(量子超越性)とは何ですか?
「量子覇権(Quantum Supremacy)」または「量子超越性」とは、量子コンピューターが、世界最速の古典コンピューターをもってしても、事実上不可能(数千年かかるような)な時間で解けない問題を、はるかに短い時間で解決できる能力を持つことを指します。これは特定の、多くの場合実用性の低い計算問題での性能比較であり、直ちに大規模な実用化を意味するものではありませんが、量子コンピューターの潜在能力を示す重要な科学的マイルストーンとして注目されています。GoogleのSycamoreプロセッサが2019年に達成したと報告されたことで広く知られるようになりました。
量子コンピューターはいつ実用化されますか?
量子コンピューターの「実用化」の定義によりますが、広く一般に普及するまでにはまだ時間がかかると予想されています。現在の量子コンピューターは「NISQ(ノイズの多い中間規模量子)デバイス」と呼ばれ、ノイズが多くエラー訂正機能が限定的です。完全にエラー訂正された大規模な汎用量子コンピューターの実現は、多くの専門家が2030年代以降と予測しています。しかし、特定の産業応用(例えば、一部の化学シミュレーションや最適化の補助)では、今後数年で限定的ながらも実用的な成果が出始めると期待されています。