量子コンピューティングの躍進:暗号化と科学的発見への影響
2024年、量子コンピューティング分野における驚異的な進歩は、私たちのデジタルセキュリティの基盤を揺るがし、科学的探求のフロンティアを劇的に拡大する可能性を秘めています。著名な研究機関が発表した最新の成果は、これまでの限界を打ち破り、古典コンピュータでは想像もできなかった計算能力の実現に一歩近づいています。この変革は、単なる技術的な進歩に留まらず、社会全体に及ぼす影響は計り知れません。
近年、量子コンピューティングの研究開発は目覚ましい進歩を遂げており、その影響は多岐にわたります。特に、暗号化技術への潜在的な脅威と、科学的発見の加速という二つの側面が注目されています。量子コンピュータが実用化されれば、現在広く利用されている公開鍵暗号方式の多くが破られる可能性があり、インターネット上の通信や金融取引の安全性が根本から問われることになります。一方で、新素材の開発、創薬、複雑な分子シミュレーション、さらには宇宙論の解明など、これまで解決不可能であった科学的課題に対するブレークスルーをもたらすことが期待されています。
量子コンピュータは、古典コンピュータが0か1のいずれかの状態しか取れないビットを扱うのに対し、量子の重ね合わせ(superposition)と量子もつれ(entanglement)という現象を利用する「量子ビット(qubit)」を基本単位とします。重ね合わせにより、量子ビットは0と1の両方の状態を同時に取りうるため、計算能力は量子ビットの数が増えるにつれて指数関数的に増大します。この特性が、古典コンピュータでは実現不可能な複雑な計算を可能にする鍵となります。
「量子超越性(quantum supremacy)」とは、量子コンピュータが古典コンピュータでは現実的な時間内に解くことができない問題を、わずかな時間で解くことができる能力を指します。2019年にGoogleが達成したと発表したこのマイルストーンは、量子コンピューティングの潜在能力を証明するものでした。現在、IBM、Microsoft、Intelといった大手テクノロジー企業に加え、多くのスタートアップ企業が、より大規模で安定した量子コンピュータの開発競争を繰り広げており、その進化は加速しています。
量子コンピューティングの進歩は、金融、物流、AI、医療、材料科学など、あらゆる産業に変革をもたらす可能性があります。例えば、金融分野では、リスク分析やポートフォリオ最適化の精度が飛躍的に向上するかもしれません。医療分野では、個別化医療の実現や新薬開発のスピードが格段に速まることが期待されます。
量子ビットの革命:古典コンピュータとの決定的な違い
古典コンピュータの計算能力は、ビットの数に比例して線形的に増加します。しかし、量子コンピュータは量子ビットの特性を活かすことで、その計算能力を指数関数的に向上させることができます。この根本的な違いが、解ける問題の範囲と深さに決定的な差をもたらします。
重ね合わせ(Superposition)
量子ビットは、0と1の状態を同時に表現できる「重ね合わせ」の状態をとることができます。例えば、2つの量子ビットがあれば、00、01、10、11の4つの状態を同時に表現できます。これがN個の量子ビットになれば、2のN乗個の状態を同時に表現できることになります。この能力により、量子コンピュータは膨大な数の可能性を一度に探索することが可能になります。
量子もつれ(Entanglement)
量子もつれは、複数の量子ビットが互いに強く関連付けられる現象です。一方の量子ビットの状態が変化すると、たとえどれだけ離れていても、もう一方の量子ビットの状態も瞬時に変化します。この相関関係を利用することで、量子コンピュータは古典コンピュータでは不可能な複雑な相関関係を持つデータを効率的に処理できます。
量子誤り訂正(Quantum Error Correction)
現在の量子コンピュータは、環境ノイズ(温度変化、電磁波など)の影響を受けやすく、量子ビットの状態が壊れやすいという課題を抱えています。これを「デコヒーレンス」と呼びます。この問題を克服するために、量子誤り訂正技術の研究が進められています。これは、冗長な量子ビットを用いて情報の冗長化を行い、誤りを検出し訂正する技術です。実用的な量子コンピュータの実現には、この技術の確立が不可欠です。
| 量子ビット数 | 表現可能な状態数 (2^n) | 古典ビット数 | 表現可能な状態数 (2^m) |
|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 1 | 2 |
| 2 | 4 | 2 | 4 |
| 10 | 1024 | 10 | 1024 |
| 50 | 約1.12 x 10^15 | 50 | 約1.12 x 10^15 |
| 300 | 約2.03 x 10^90 | 300 | 約2.03 x 10^90 |
| 1000 | 約1.07 x 10^301 | 1000 | 約1.07 x 10^301 |
この表は、量子ビット数が少ないうちは古典ビット数と同等ですが、量子ビット数が増加するにつれて、表現可能な状態数が指数関数的に爆発することを示しています。例えば、300量子ビットがあれば、宇宙に存在する原子の数(約10^80個)を遥かに凌駕する状態を同時に表現できることになります。さらに、量子コンピュータの計算能力は、単に状態数を表現できるだけでなく、これらの状態を同時に操作し、特定の解を効率的に見つけ出すアルゴリズムによって真価を発揮します。古典コンピュータでは、1000ビットの場合、1000個の独立した状態しか表現できませんが、1000量子ビットでは、それらの状態の線形結合である21000個の状態を同時に表現し、操作することが原理的に可能です。この指数関数的な計算空間の探索能力が、量子コンピュータの革新性の源泉です。
暗号化への脅威:RSA暗号の終焉と耐量子暗号への移行
現在、インターネット上の通信や電子商取引の安全性を支える公開鍵暗号方式の多くは、素因数分解や離散対数問題といった、古典コンピュータでは計算量的に解くことが非常に困難な数学的問題に基づいています。しかし、量子コンピュータの発展は、これらの問題を効率的に解くアルゴリズム(Shorのアルゴリズムなど)の実現を可能にし、既存の暗号システムを無力化する可能性があります。
ShorのアルゴリズムとRSA暗号
1994年にPeter Shorによって開発されたShorのアルゴリズムは、任意の整数を効率的に素因数分解する量子アルゴリズムです。RSA暗号は、この素因数分解の困難性に基づいているため、Shorのアルゴリズムが実行可能な量子コンピュータが登場すれば、RSA暗号で保護されているデータは容易に解読されてしまいます。これは、過去にやり取りされた暗号化データについても、将来的に解読されるリスクがあることを意味します。たとえば、機密性の高い政府通信、企業の知的財産、個人の医療記録などが、将来的に公開されてしまう可能性があります。これは「Harvest Now, Decrypt Later(今すぐ収集し、後で解読する)」攻撃として知られており、すでに暗号化されたデータであっても、将来の量子コンピュータの登場によって危険にさらされることを意味します。そのため、現在暗号化されているデータについても、将来的なリスクを考慮した対応が求められています。
耐量子暗号(Post-Quantum Cryptography, PQC)への移行
この脅威に対抗するため、世界中の研究者や標準化団体は、「耐量子暗号(PQC)」と呼ばれる、量子コンピュータでも解くことが困難な数学的問題に基づいた新しい暗号方式の研究開発を進めています。現在、米国国立標準技術研究所(NIST)を中心に、標準化に向けたプロセスが進行しており、格子ベース暗号、ハッシュベース暗号、コードベース暗号、多変数多項式暗号などが候補として挙げられています。これらの方式は、それぞれ異なる数学的問題の困難性に基づいており、量子コンピュータが既存のアルゴリズム(ShorのアルゴリズムやGroverのアルゴリズムなど)を適用しても、効率的に解くことができないと考えられています。NISTは、これらの候補の中から、安全性、性能、実装の容易さなどを総合的に評価し、標準化を進めています。2024年現在、いくつかの方式が標準化候補として選定されており、実用化に向けた動きが加速しています。
この棒グラフは、NISTの選定プロセスにおける各耐量子暗号候補方式の割合を示しています。格子ベース暗号が最も有望視されており、次いでコードベース暗号が有力視されています。これらの方式は、それぞれ異なる数学的問題に基づいており、量子コンピュータに対する耐性が比較されています。たとえば、格子ベース暗号は、高次元の格子上の最短ベクトル問題や最近ベクトル問題といった問題の困難性に基づいています。ハッシュベース暗号は、安全なハッシュ関数の存在を仮定し、その性質を利用します。コードベース暗号は、誤り訂正符号の復号問題の困難性に基づいています。多変数多項式暗号は、多項式方程式系の求解問題の困難性に基づいています。それぞれの方式には、鍵のサイズ、暗号化・復号の速度、量子コンピュータに対する耐性などのトレードオフが存在します。
QRNG (Quantum Random Number Generator) の重要性
暗号化の安全性は、予測不可能な乱数に依存しています。量子コンピュータの登場は、擬似乱数生成器(PRNG)の予測可能性を高める可能性も示唆されています。そのため、真のランダム性を提供する量子乱数発生器(QRNG)の重要性も増しています。QRNGは、量子力学的な現象を利用して、予測不可能な真の乱数を生成します。これは、鍵生成や暗号プロトコルにおいて、より高いレベルのセキュリティを提供します。古典的なPRNGは、決定論的なアルゴリズムに基づいており、十分な情報があれば予測可能になる可能性がありますが、QRNGは量子的な不確定性に基づいているため、原理的に予測不可能です。これは、将来の高度な攻撃者に対しても、より堅牢なセキュリティ基盤を提供することになります。
"量子コンピュータの脅威は現実的であり、数年後には既存の暗号システムが破られる可能性があります。今すぐ耐量子暗号への移行計画を立てることが、デジタル社会の安全保障にとって不可欠です。特に、長期的な機密性を要するデータやシステムは、優先的に対応する必要があります。移行には時間がかかるため、早期の検討と準備が重要です。"
耐量子暗号に関するWikipediaの記事 では、その詳細な定義や開発状況についてさらに深く学ぶことができます。
科学的発見の加速:新素材、医薬品、そして宇宙論
量子コンピュータは、その強力な計算能力により、これまで解決が困難であった科学的・工学的な課題に対するブレークスルーをもたらすことが期待されています。特に、分子レベルのシミュレーションや複雑なシステムのモデリングにおいて、その真価を発揮すると考えられています。
新素材開発と触媒設計
新素材の開発は、現代科学の重要なテーマの一つです。例えば、より高性能なバッテリー材料、軽量で丈夫な航空宇宙材料、あるいは室温超伝導体などの発見は、社会に革新をもたらします。量子コンピュータは、原子や分子の量子力学的な振る舞いを正確にシミュレーションすることで、これらの新素材の特性を予測し、設計プロセスを劇的に加速させることができます。例えば、量子コンピュータを用いれば、遷移金属酸化物や銅酸化物などの高温超伝導体の電子構造や磁気特性をより正確に理解し、新たな高温超伝導材料の発見に繋がる可能性があります。また、化学反応を促進する触媒の設計においても、その効率を飛躍的に向上させる可能性があります。例えば、CO2の固定化やアンモニア合成などに用いられる触媒の反応メカニズムを詳細に解析し、より低温・低圧で高効率に反応が進む触媒を設計することで、エネルギー消費の削減や環境負荷の低減に貢献できます。これは、量子化学計算の限界を大きく押し広げるものです。
創薬と個別化医療
医薬品開発は、膨大な時間とコストがかかるプロセスです。新しい治療薬の候補となる化合物の探索や、その生体内での相互作用のシミュレーションは、古典コンピュータでは限界がありました。量子コンピュータを用いることで、タンパク質やDNAといった生体分子の複雑な構造や相互作用をより高精度にモデリングすることが可能になり、新薬候補の発見や開発期間の短縮に貢献します。例えば、特定の疾患に関連するタンパク質の立体構造を精密に解析し、そこに結合する低分子化合物の親和性を正確に予測することで、副作用の少ない効果的な薬剤を効率的に開発できるようになります。さらに、個人の遺伝子情報に基づいた「個別化医療」の実現にも道を開きます。患者一人ひとりの遺伝子情報や病状に最適化された治療薬を処方するための、薬物動態や薬効のシミュレーションが可能になります。
複雑なシステムのモデリングと最適化
金融市場のモデリング、気候変動の予測、交通システムの最適化、あるいは複雑なサプライチェーンの管理など、現実世界には量子コンピュータの能力を必要とする複雑なシステムが数多く存在します。これらのシステムをより正確にシミュレーションし、最適な解を見つけ出すことで、社会全体の効率化や問題解決に貢献することが期待されています。例えば、金融分野では、モンテカルロ法を用いたデリバティブ価格計算やポートフォリオ最適化において、量子アルゴリズム(QAOA: Quantum Approximate Optimization Algorithmなど)を利用することで、計算時間を大幅に短縮できる可能性があります。気候科学においては、大気、海洋、陸地、氷床などの相互作用を考慮した高解像度な気候モデルを構築し、より精度の高い将来予測や異常気象の早期検知に繋がる可能性があります。物流分野では、配送ルートの最適化や在庫管理の効率化により、コスト削減と環境負荷低減を実現できます。
"量子コンピュータは、私たちがこれまで「解けない」と諦めていた多くの科学的問題に光を当てる可能性を秘めています。特に、分子シミュレーションの精度向上は、新薬開発や材料科学に革命をもたらすでしょう。古典コンピュータでは近似計算しかできなかった領域で、真の量子力学的な振る舞いを捉えることができるようになります。これにより、これまで想像もできなかったような機能を持つ材料や、病気の根本原因に直接作用する画期的な医薬品の創出が期待されます。"
| 分野 | 期待される効果 | 古典コンピュータでの限界 |
|---|---|---|
| 材料科学 | 新素材(例:室温超伝導体、高効率バッテリー材料)の発見、触媒設計の最適化 | 分子レベルの量子力学的な挙動の正確なシミュレーションが困難 |
| 医薬品開発 | 新薬候補の迅速な発見、薬物動態の精密な予測、個別化医療の実現 | 複雑な生体分子の相互作用や構造解析に時間がかかる |
| 金融工学 | ポートフォリオ最適化、リスク分析、不正検知の精度向上 | 大量のデータと複雑な変数の相関関係の計算に限界 |
| AI・機械学習 | より高度なパターン認識、強化学習の効率化、大規模データセットの解析 | 計算リソースの制約、学習時間の長期化 |
| 気候科学 | 地球規模の気候モデルの精度向上、異常気象予測の改善 | 複雑な大気・海洋の相互作用のモデリングに限界 |
この表は、量子コンピュータが各科学分野でどのように貢献しうるか、そして古典コンピュータではどのような限界があったかを示しています。量子コンピュータの活用は、これらの限界を打破し、研究開発のスピードと精度を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。特に、AI・機械学習の分野では、量子機械学習(QML)と呼ばれる新しい分野が生まれ、古典的な機械学習アルゴリズムを量子コンピュータ上で実行したり、量子コンピュータの特性を活かした新しい学習モデルを開発したりする研究が進められています。
現在の量子コンピューティングの状況と主要プレイヤー
量子コンピュータの開発は、まだ初期段階にありますが、世界中の企業や研究機関が活発に研究開発を進めています。ハードウェアの安定性、量子ビット数の増加、誤り訂正技術の進歩など、様々な課題に取り組んでいます。
主要なハードウェアプラットフォーム
現在、量子コンピュータのハードウェアには、いくつかの主要なアプローチが存在します。
- 超伝導量子ビット: IBMやGoogleが採用しており、量子ビットを極低温(絶対零度に近い温度)で冷却し、マイクロ波パルスで制御する方式です。集積度が高く、比較的速いゲート操作が可能ですが、デコヒーレンス時間が短いという課題があります。
- イオントラップ量子ビット: IonQやQuantinuum(旧Honeywell Quantum Solutions)などが採用しており、電磁場を用いてイオン(荷電原子)を真空中に捕獲し、レーザーで制御する方式です。量子ビットのコヒーレンス時間が長く、高い忠実度で操作できますが、スケーラビリティに課題があります。
- 中性原子量子ビット: Pasqalなどが採用しており、レーザー冷却された中性原子を量子ビットとして利用する方式です。多数の量子ビットを生成しやすく、比較的新しいアプローチです。
- 光量子コンピュータ: Xanaduなどが開発を進めており、光子(光の粒子)を量子ビットとして利用する方式です。常温で動作可能であり、通信との親和性が高いですが、光子の検出や操作に課題があります。
- シリコン量子ビット: Intelなどが開発を進めており、半導体技術を応用するアプローチです。既存の半導体製造技術との親和性が高く、スケーラビリティの観点から期待されています。
これらのプラットフォームは、それぞれ長所と短所を持っており、どの方式が最終的に主流になるかはまだ定まっておりません。現在、多くの研究開発が並行して進められており、それぞれの技術的ブレークスルーによって状況は変化していく可能性があります。
主要な開発企業と研究機関
量子コンピュータの開発競争は、大手テクノロジー企業だけでなく、多くのスタートアップ企業や大学・研究機関が参加しています。
- IBM: 「IBM Quantum」として、クラウド経由で量子コンピュータへのアクセスを提供し、ハードウェア開発とソフトウェアエコシステムの構築を推進しています。Qiskitというオープンソースの量子コンピューティングSDKを提供し、開発者コミュニティの拡大に努めています。
- Google: 「Sycamore」プロセッサで量子超越性を達成し、量子アルゴリズムの研究開発に注力しています。
- Microsoft: トポロジカル量子ビットという、より安定した量子ビットの実現を目指しています。これは、外部ノイズに対して本質的に強いという理論的な利点がありますが、実現が非常に困難とされています。
- Amazon (AWS): AWS Braketを通じて、複数の量子ハードウェアプロバイダーへのアクセスを提供し、量子コンピューティングの普及を支援しています。
- IonQ: イオントラップ方式の量子コンピュータを開発・提供しており、クラウド経由でのサービスも提供しています。
- Quantinuum (旧Honeywell Quantum Solutions): イオントラップ方式と、誤り訂正に有利な「量子コンピューティングアーキテクチャ」を開発しています。
- Rigetti Computing: 超伝導量子ビットを用いた量子コンピュータを開発・提供しています。
- NTT (日本電信電話): 超伝導量子ビットを用いた研究開発や、光を用いた量子コンピュータの研究などを進めています。
- 富士通: 量子ビットの制御技術や、量子アニーリングマシンなどの開発に取り組んでいます。
- NEC: 量子コンピュータの原理実証や、AIとの連携などを研究しています。
これらのプレイヤーは、それぞれ独自の技術開発を進め、パートナーシップを構築しながら、市場での優位性を確立しようとしています。また、各国政府も量子技術の国家戦略として位置づけ、巨額の投資を行っています。
Reutersの量子コンピューティングに関する最新ニュース では、業界の動向や最新の投資状況などを把握することができます。
量子コンピューティングの現状(NISQ時代)
現在の量子コンピュータは、「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)」時代と呼ばれています。これは、量子ビットの数が中規模(数十から数百)であり、かつノイズが多く誤り訂正が完全ではない状態にあることを意味します。このため、解ける問題は限定的であり、実用的な問題解決にはまだ時間がかかると考えられています。NISQデバイスは、誤り訂正のメカニズムが未熟であるため、計算中に発生するノイズ(デコヒーレンスやゲート操作の誤差など)によって結果が損なわれやすいという特徴があります。しかし、NISQデバイスでも、特定の科学的・工学的な問題に対して、古典コンピュータを凌駕する能力を発揮できる可能性も探られています。これは「量子有利性(Quantum Advantage)」と呼ばれ、NISQデバイスが実用的な価値を生み出すための重要な目標となっています。例えば、特定の分子シミュレーションや最適化問題において、NISQデバイスが古典コンピュータよりも優れた結果を示す可能性が研究されています。
「100万以上」という数字は、堅牢な誤り訂正を施した、つまり「論理量子ビット」が100万個必要になるという、将来的な汎用量子コンピュータの実現に向けた壮大な目標を示しています。現在のNISQデバイスで使われている「物理量子ビット」は、誤り訂正のための冗長性を持っているため、論理量子ビットに変換する際には多くの物理量子ビットが必要となります。例えば、1つの論理量子ビットを生成するために、1000個以上の物理量子ビットが必要になるという試算もあります。これは、真の汎用量子コンピュータの実現がいかに困難な道のりであるかを示唆しています。
未来への展望と課題:実用化に向けた道のり
量子コンピュータの実用化は、多くの課題を克服しなければなりません。しかし、その潜在的なインパクトは計り知れず、世界中がその未来に期待を寄せています。
技術的な課題
実用的な量子コンピュータを実現するためには、以下の技術的な課題を解決する必要があります。
- 量子ビット数の増加: より大規模な問題を解くためには、数千から数百万の安定した量子ビットが必要です。これは、ハードウェアの製造技術、集積技術、制御技術の革新を必要とします。
- 誤り訂正: 量子ビットのデコヒーレンスに対抗し、計算の精度を保証する量子誤り訂正技術の確立と実装が不可欠です。これは、理論的なアルゴリズムだけでなく、それを物理的に実装する技術も必要とします。
- コヒーレンス時間の延長: 量子ビットがその量子状態を維持できる時間を長くする必要があります。これは、量子ビットの設計、材料、および環境制御技術の改善によって達成されます。
- スケーラビリティ: 量子コンピュータを大規模化し、より多くの量子ビットを搭載できるようにする技術が必要です。これは、チップの設計、冷却システム、および配線技術など、多岐にわたる工学的な課題を含みます。
- インターコネクション: 複数の量子プロセッサを接続し、より強力なシステムを構築する技術が求められます。これは、量子インターネットの構築にも繋がる重要な研究分野です。
- 低消費電力化・小型化: 現在の量子コンピュータは、極低温環境を維持するために大規模な設備を必要とします。将来的な普及のためには、これらの要求を低減する必要があります。
ソフトウェアとアルゴリズムの開発
ハードウェアの進歩と並行して、量子コンピュータを効果的に活用するためのソフトウェア、プログラミング言語、そして量子アルゴリズムの開発も重要です。NISQデバイスで有用なアプリケーションを見つけ出す研究や、将来的な誤り訂正された量子コンピュータで実行されるアルゴリズムの開発が進められています。量子プログラミング言語(Qiskit, Cirq, PennyLaneなど)は、開発者が量子アルゴリズムを記述し、シミュレーターや実際の量子ハードウェア上で実行するためのインターフェースを提供します。また、量子化学計算、最適化問題、機械学習など、特定の応用分野に特化した量子アルゴリズムの研究も活発に行われています。これらのアルゴリズムは、量子コンピュータの特性を最大限に引き出すように設計されています。
社会実装への道のり
量子コンピュータが社会に広く普及するためには、技術的な課題の解決に加え、コスト、アクセシビリティ、人材育成といった側面も考慮する必要があります。クラウド経由でのサービス提供は、初期投資を抑え、多くのユーザーが量子コンピュータにアクセスできる手段となります。これは、研究者や開発者が、高価なハードウェアを購入することなく、最先端の量子コンピュータを利用できる機会を提供します。また、量子コンピューティングを扱える専門人材の育成も急務です。大学や教育機関でのカリキュラム拡充、企業内での研修プログラムの提供などが進められています。さらに、量子コンピュータの倫理的・社会的な影響についても、早期から議論を深めていく必要があります。
このグラフは、量子コンピュータの実用化に向けた一般的なロードマップを示しています。現在はNISQデバイスの活用段階であり、量子有利性を示すアプリケーションの発見や、実用的な問題解決に向けた初期的な取り組みが行われています。2030年代には、限定的な誤り訂正能力を持つ量子コンピュータが登場し、より複雑な問題への応用が期待されます。そして、2040年代以降には、真の汎用量子コンピュータが登場し、暗号解読、新薬開発、材料科学など、社会に大きな変革をもたらすことが期待されています。ただし、これはあくまで一般的な見通しであり、技術の進歩によっては、このロードマップは前後する可能性があります。
"量子コンピュータの未来は非常に明るいですが、道のりは長く、多くの困難が伴います。しかし、この技術が持つポテンシャルは、私たちが現在直面している多くの課題を解決する鍵となるでしょう。科学者、エンジニア、政策立案者、そして一般市民が協力し、この革新的な技術を責任ある形で発展させていくことが重要です。"
量子コンピュータは、現在のコンピュータを完全に置き換えるのですか?
耐量子暗号への移行は、いつまでに完了する必要がありますか?
個人でも量子コンピュータを利用できますか?
量子コンピュータは、どのような問題に最も効果を発揮しますか?
- 素因数分解・離散対数問題: Shorのアルゴリズムにより、公開鍵暗号(RSAなど)を破ることが可能になります。
- 大規模な探索問題: Groverのアルゴリズムにより、データベース検索や組合せ最適化問題などにおいて、古典コンピュータよりも高速に解を見つけられる可能性があります。
- 量子多体問題: 分子シミュレーション、新素材開発、化学反応解析など、量子力学的な振る舞いを正確にシミュレーションする必要がある問題。
- 最適化問題: 物流ルートの最適化、金融ポートフォリオの最適化、機械学習モデルの訓練など。
