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国際決済銀行(BIS)の2023年調査によると、世界の約93%の中央銀行が中央銀行デジタル通貨(CBDC)の何らかの研究、開発、またはパイロット段階にあり、そのうち約24%がすでにパイロットフェーズに移行しています。この数字は、世界各国がデジタル時代の新たな金融基盤構築に向けて、いかに真剣に取り組んでいるかを示しています。
CBDCの定義と、その探求が始まった背景
中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、中央銀行が直接発行・保証する法定通貨のデジタル形態です。これは、私たちが日常的に使う現金(紙幣や硬貨)のデジタル版と考えることができますが、ブロックチェーン技術のような分散型台帳技術(DLT)を基盤とする場合もあれば、中央集権的なシステムで構築される場合もあります。CBDCは、ビットコインのような民間の暗号資産とは異なり、価値の安定性が中央銀行によって保証されており、法定通貨としての地位を持つ点が最大の特徴です。また、Facebook(現Meta)が提唱した「Libra(現Diem)」のような民間発行のステーブルコインとも、発行主体と信用保証の点で明確に区別されます。 CBDCの探求が世界中で加速した背景には、いくつかの重要な要因があります。まず、決済のデジタル化とキャッシュレス化の世界的潮流です。現金の利用が減少し、デジタル決済が主流となる中で、中央銀行は将来的な決済システムの安定性と効率性を確保する必要性を感じています。次に、金融包摂の推進があります。銀行口座を持たない人々や遠隔地に住む人々にとって、デジタル通貨はよりアクセスしやすい金融サービスを提供する可能性があります。 さらに、既存の国際送金システムの非効率性や高コストも、CBDCへの関心を高める要因となっています。国境を越えた決済をより迅速かつ安価に実現する可能性が期待されています。地政学的な観点からは、一部の国では他国の金融システムへの依存を減らし、自国の通貨主権を強化する手段としてもCBDCが注目されています。これらの複合的な要因が、各国中央銀行をCBDCの研究開発へと駆り立てているのです。デジタルドルの現状と米国連邦準備制度理事会(FRB)の慎重なスタンス
世界経済の基軸通貨である米ドルを発行する米国連邦準備制度理事会(FRB)は、デジタルドルの発行について極めて慎重な姿勢を保っています。FRBは2022年1月に「Money and Payments: The U.S. Dollar in the Age of Digital Transformation」と題する包括的な報告書を発表し、デジタルドルの潜在的なメリットとリスクについて詳細な分析を行いました。この報告書は、デジタルドルの発行を決定するものではなく、広範な意見聴取と議論を促すためのものとされています。 FRBがデジタルドルの導入に慎重なのは、その影響が米国経済、金融システム、そして国際的なドルの地位に計り知れないほど大きいと認識しているためです。潜在的なメリットとしては、決済の効率化、金融包摂の推進、国際的なドルの地位の維持、そして違法活動対策の強化などが挙げられます。しかし、同時に大きなリスクも指摘されています。米国がデジタルドル導入を検討する上での主要な懸念事項
"デジタルドルは、その潜在的なメリットがある一方で、民間部門のイノベーション、金融安定性、そしてプライバシー保護に重大な影響を及ぼす可能性があります。FRBは、これら全ての側面を慎重に検討し、国民からの意見を広く求める必要があります。"
— ジェローム・パウエル, 米国連邦準備制度理事会議長
詳細については、FRBの公式報告書を参照してください: Money and Payments: The U.S. Dollar in the Age of Digital Transformation
世界の主要国におけるCBDC開発の加速と多様なアプローチ
米国が慎重な姿勢を保つ一方で、世界の多くの国々ではCBDCの開発が急速に進展しており、そのアプローチは多様です。特に中国は、デジタル人民元(e-CNY)を大規模に展開し、世界のCBDCレースをリードしています。中国:デジタル人民元(e-CNY)の大規模な実証実験
中国人民銀行は、2014年からデジタル人民元の研究開発を開始し、2020年以降、全国各地で大規模なパイロットプログラムを実施しています。e-CNYは、リテール型CBDCとして設計されており、消費者の日常的な決済手段として普及を目指しています。中国政府は、e-CNYを通じて決済システムを近代化し、現金の管理コストを削減するとともに、金融の安定性と効率性を高めることを目的としています。また、国際的な決済システムにおけるドルの支配に対抗し、人民元の国際化を促進する戦略的な意図も指摘されています。その利用は急速に拡大しており、数億人のユーザーが既に何らかの形でデジタル人民元を体験しています。欧州:デジタルユーロの検討と設計フェーズ
欧州中央銀行(ECB)は、デジタルユーロの導入可能性について活発な議論を進めています。2021年10月に開始された調査フェーズを経て、2023年10月には設計フェーズ(準備フェーズ)に移行することを決定しました。デジタルユーロは、プライバシー保護と既存の商業銀行との共存を重視し、現金を補完する形で機能することが想定されています。ECBは、デジタルユーロが、決済システムのレジリエンスを高め、欧州の戦略的自律性を強化し、決済分野におけるイノベーションを促進すると期待しています。しかし、その導入には、銀行のビジネスモデルへの影響や技術的な課題など、まだ多くの論点が存在します。その他の主要国と多様なプロジェクト
* **英国:** イングランド銀行は「デジタルポンド(ブリットコイン)」の導入可能性を探っており、2023年には財務省と共同で協議文書を発表しました。リテール型CBDCを想定し、そのメリットとリスクについて広く意見を求めています。 * **日本:** 日本銀行は、デジタル円の概念実証(フェーズ1、フェーズ2)を完了し、現在は民間銀行との連携や技術的な実現可能性の検証に重点を置いています(後述)。 * **G7およびG20:** これらの国際フォーラムでは、CBDCに関する情報共有と連携が強化されており、国際的な相互運用性やクロスボーダー決済の改善が重要なテーマとなっています。 * **小国での先行導入:** バハマ(サンドドル、2020年)、ナイジェリア(eNaira、2021年)など、一部の小国では既にリテール型CBDCが導入され、実運用されています。これらは、CBDC導入における先駆的な事例として、世界各国に貴重な教訓を提供しています。| 国・地域 | CBDCプロジェクト名 | 主なフェーズ | CBDCタイプ | 主な動機 |
|---|---|---|---|---|
| 中国 | デジタル人民元 (e-CNY) | 大規模パイロット | リテール型 | 決済効率化、金融包摂、人民元の国際化 |
| 欧州連合 | デジタルユーロ | 設計フェーズ | リテール型 | 決済レジリエンス、戦略的自律性、イノベーション |
| 英国 | デジタルポンド | 調査・協議 | リテール型 | 決済システムの近代化、金融包摂 |
| 日本 | デジタル円 | 概念実証完了、民間連携 | リテール型 | 決済システムの安全性・効率性向上 |
| バハマ | サンドドル | 稼働中 | リテール型 | 金融包摂、決済効率化、災害対策 |
| ナイジェリア | eNaira | 稼働中 | リテール型 | 金融包摂、送金コスト削減 |
CBDC導入がもたらす潜在的メリットと克服すべき主要課題
CBDCの導入は、各国の中央銀行や政府にとって、現代の金融システムが抱える様々な課題を解決し、新たな経済的機会を創出する可能性を秘めています。しかし、同時に克服すべき重大な課題も存在します。CBDC導入の潜在的メリット
CBDCは、経済全体にわたる決済システムの効率性、安全性、公平性を向上させる多くのメリットを提供します。
- 決済の効率化とコスト削減: 現金管理や物理的な送金に伴うコストを削減し、24時間365日リアルタイムでの決済を可能にすることで、経済活動全体の効率を向上させます。特に、国境を越えた国際送金において、既存のSWIFTのようなシステムよりも迅速かつ安価な決済が期待されます。
- 金融包摂の推進: 銀行口座を持たない「アンバンクト」の人々や、銀行サービスへのアクセスが困難な地域の人々に、低コストで安全な決済手段を提供し、金融サービスへのアクセスを改善します。スマートフォン一つで金融取引が可能になることで、経済活動への参加が促進されます。
- 金融政策の新たなツール: 中央銀行は、特定の経済状況下で、例えば景気刺激策として直接ターゲットを絞った資金供給を行うなど、より柔軟かつ効果的な金融政策ツールを手に入れる可能性があります。また、マイナス金利政策の実施がより容易になるという議論もあります。
- 違法活動対策の強化: CBDCは、その設計によっては、マネーロンダリングやテロ資金供与といった違法活動の追跡を容易にし、金融犯罪対策を強化することができます。全ての取引がデジタル記録されるため、透明性が向上します。
- 決済システムのレジリエンス向上: 災害やシステム障害などが発生した場合でも、決済システムが機能し続けるための代替手段としてCBDCが機能する可能性があります。
克服すべき主要課題
メリットの裏側には、社会全体に影響を及ぼす複雑な課題が潜んでいます。
- プライバシー保護: CBDCは取引履歴が中央銀行によって追跡されうるため、個人のプライバシー侵害への懸念が強く指摘されています。匿名性と追跡可能性のバランスをどのように取るかが、最も困難な課題の一つです。
- サイバーセキュリティリスク: CBDCシステムは、国家レベルのサイバー攻撃の標的となる可能性が高く、堅牢なセキュリティ対策が不可欠です。システム障害やデータ漏洩が発生した場合の影響は甚大です。
- 銀行システムの脱仲介(Disintermediation): CBDCが広く普及し、人々が銀行預金からCBDCに資金を移動させると、商業銀行の預金残高が減少し、銀行の資金調達や貸出機能に影響を与える可能性があります。これにより、金融仲介機能が弱体化し、経済全体に悪影響を及ぼす懸念があります。
- 金融安定性への影響: 金融危機時などに、人々が商業銀行から中央銀行が発行するCBDCへ一斉に資金を移動させる「デジタル・バンクラン」のリスクが指摘されています。これは、金融システムの安定性を著しく損なう可能性があります。
- 技術的インフラの構築とコスト: 高度に安全でスケーラブルなCBDCシステムを構築するには、膨大な技術的リソースとコストが必要です。また、国民がCBDCを利用するためのデジタルリテラシーやインフラの整備も課題となります。
ホールセール型とリテール型CBDC
CBDCは、主にその利用主体によって「ホールセール型」と「リテール型」に大別されます。ホールセール型CBDCは、中央銀行と金融機関(商業銀行など)の間での大口決済に利用されるもので、銀行間取引の効率化やリスク削減を目的とします。一方、リテール型CBDCは、一般の企業や個人が日常的な決済に利用するもので、現金の代替や補完を目指します。現在、多くの国がリテール型CBDCに焦点を当てていますが、ホールセール型も国際的なクロスボーダー決済の改善に向けて研究が進められています。プライバシー、サイバーセキュリティ、そして金融安定性への深い影響
CBDCの導入が検討される上で、特に重要視され、かつ議論の的となっているのが、プライバシー、サイバーセキュリティ、そして金融安定性への影響です。これらはCBDCの設計において、トレードオフの関係にあることが多く、慎重なバランスが求められます。プライバシー保護:匿名性と追跡可能性のジレンマ
CBDCは、すべての取引がデジタルデータとして記録されるため、理論上は中央銀行や政府が国民の金融活動を完全に追跡できる可能性があります。これは、個人の金融プライバシーに対する重大な脅威となり得ます。例えば、特定の政治的見解を持つ人物の取引を監視したり、特定の消費行動を制限したりするような「プログラマブル・マネー」の悪用に対する懸念も存在します。 一方で、マネーロンダリング、テロ資金供与、脱税といった違法活動の対策を強化するためには、ある程度の追跡可能性が必要とされます。この匿名性と追跡可能性のジレンマを解決するため、多くの国では、少額決済には匿名性を確保し、高額決済や疑わしい取引には特定の条件下で匿名性を解除する、といった多層的なアプローチが検討されています。例えば、中間機関(商業銀行など)が顧客の本人確認を行い、中央銀行は個人を特定できない情報のみを保持する「ハイブリッド型」のアーキテクチャなどが提案されています。サイバーセキュリティ:国家レベルの脅威への対策
CBDCシステムは、その性質上、国家の金融インフラの中核を担うため、サイバー攻撃の最も魅力的な標的となります。大規模なサイバー攻撃によってシステムがダウンしたり、データが改ざんされたり、あるいはユーザーの資金が盗まれたりした場合、その影響は国民生活や経済全体に壊滅的な打撃を与える可能性があります。 そのため、CBDCの設計と運用においては、最高レベルのサイバーセキュリティ対策が不可欠です。これには、堅牢な暗号技術、分散型台帳技術(DLT)の活用、多層的なセキュリティプロトコル、リアルタイムの脅威検知システム、そして国際的な連携による情報共有と対策が含まれます。システムの耐障害性を高め、オフライン決済機能を持たせることで、サイバー攻撃や通信障害時にも最低限の金融サービスが維持できるような設計も検討されています。金融安定性:デジタル・バンクランのリスクと商業銀行の役割
CBDCが広く普及した場合、最も懸念されるリスクの一つが「デジタル・バンクラン」です。これは、金融危機や銀行への信頼が揺らいだ際に、預金者が商業銀行の預金口座から安全な中央銀行発行のCBDCへと資金を一斉に移動させる現象です。もしこれが大規模に発生すれば、商業銀行は資金不足に陥り、金融仲介機能が麻痺し、金融システム全体が不安定化する可能性があります。 このリスクを軽減するため、CBDCの設計では、保有上限額を設定したり、利子をつけない(あるいは非常に低い利子率にする)ことで、CBDCを「価値の貯蔵手段」ではなく「決済手段」としての利用に限定するアプローチが検討されています。これにより、銀行預金との直接的な競合を避け、商業銀行の金融仲介機能を維持することが狙いです。商業銀行は、CBDCエコシステムにおいて、顧客インターフェースの提供、本人確認(KYC)、アンチマネーロンダリング(AML)といった重要な役割を担うことで、中央銀行と連携し、金融システムの安定に貢献することが期待されています。93%
中央銀行がCBDC研究中
11
CBDCを稼働中の国
36
パイロット段階の国
80%
世界のGDPを占める国が研究
CBDCが既存金融システム、暗号資産、ステーブルコインに与える変革
CBDCの導入は、既存の金融システム、特に商業銀行のビジネスモデルに大きな影響を与えるだけでなく、ビットコインのような民間の暗号資産や、テザー(USDT)のようなステーブルコインの将来にも変革をもたらす可能性があります。商業銀行システムとの共存と役割の変化
多くの国で検討されているリテール型CBDCは、中央銀行が直接一般のユーザーにCBDCを提供する場合(直接型)と、商業銀行などの金融機関を通じて提供する場合(間接型またはハイブリッド型)があります。直接型は中央銀行の負荷が大きく、金融仲介機能への影響も大きいため、間接型やハイブリッド型が主流となる見込みです。この場合、商業銀行はCBDCエコシステムにおいて以下のような重要な役割を担います。- 顧客インターフェース: 顧客がCBDC口座を開設し、管理するためのアプリやサービスを提供します。
- 本人確認(KYC)/マネーロンダリング対策(AML): 顧客の身元確認や疑わしい取引の監視など、コンプライアンス機能を果たします。
- イノベーションの促進: CBDCを基盤とした新たな金融サービスやアプリケーションを開発・提供します。
暗号資産との関係:競争か補完か
CBDCとビットコインやイーサリアムのような民間の暗号資産は、根本的に異なる性質を持っています。暗号資産は非中央集権的であり、価格変動が大きく、法定通貨としての地位を持っていません。CBDCは中央銀行が発行・管理し、価値が安定しており、法定通貨です。 CBDCの導入は、民間の暗号資産への需要を減少させる可能性も指摘されています。特に、決済手段としての暗号資産の利用は、CBDCがより安全で効率的な代替手段となることで、その優位性が薄れるかもしれません。しかし、暗号資産が提供するプライバシーや検閲耐性といった側面はCBDCでは完全に再現されにくいため、特定のニーズを持つユーザー層にとっては引き続き魅力的であり続けるでしょう。また、CBDCは暗号資産が持つ基盤技術(DLT)の可能性を中央銀行が認識し、活用するきっかけともなり得ます。ステーブルコインとの関係:規制と競争の激化
ステーブルコインは、米ドルなどの法定通貨に価値をペッグすることで価格安定性を確保しようとする暗号資産の一種です。テザー(USDT)やUSDコイン(USDC)などが代表的です。CBDCは、ステーブルコインが目指す「デジタルで安定した価値」を、中央銀行の信用という最も強固な基盤で実現します。 CBDCの導入は、ステーブルコインに対する規制の枠組みを強化する動きと並行して進む可能性があります。中央銀行は、CBDCが提供する公的なデジタル通貨の代替として、ステーブルコインが金融システムにもたらす潜在的なリスク(準備資産の不透明性、決済リスクなど)を警戒しており、より厳格な規制を求める傾向にあります。将来的に、CBDCは「公的なステーブルコイン」として、民間のステーブルコインと直接競合し、市場の再編を促す可能性も秘めています。"CBDCは、決済の効率性を高め、金融包摂を推進する大きな可能性を秘めていますが、既存の金融システム、特に商業銀行との関係性には慎重な設計が不可欠です。適切な設計がなされれば、CBDCはイノベーションを阻害するのではなく、むしろ促進する力となり得ます。"
— 黒田東彦, 元日本銀行総裁
日本銀行のデジタル円への取り組みと官民連携の推進
日本銀行は、国際的なCBDC研究開発の潮流に遅れることなく、デジタル円の導入可能性について慎重かつ着実に検討を進めています。日本銀行は、現時点ではデジタル円を発行する具体的な計画はないとしながらも、将来的な状況変化に備えるための準備を着実に進めています。概念実証フェーズの完了と実証実験の進展
日本銀行は、2021年4月にデジタル円に関する「概念実証(フェーズ1)」を開始し、CBDCの基本的な機能(発行、送金、換金など)の技術的な実現可能性を検証しました。このフェーズでは、取引処理能力や分散型台帳技術の活用可能性などが評価されました。 2022年4月からは、より複雑な機能や設計の検証を目的とした「概念実証(フェーズ2)」に移行し、オフライン決済機能、セキュリティ、プライバシー保護といった側面が詳細に検討されました。 これらの概念実証を経て、日本銀行は2023年春から、民間企業との連携による「CBDCフォーラム」を立ち上げ、より実践的な実証実験へと移行しています。この実証実験では、日本経済団体連合会(経団連)や主要な金融機関、決済サービス事業者など、幅広い民間企業が参加し、CBDCが実際の商取引や決済システムにどのように組み込まれるか、その技術的課題やビジネス上の可能性が検証されています。日本のCBDCにおける特徴と重視される点
日本銀行がデジタル円の検討において重視している点はいくつかあります。- 現金の補完: デジタル円は、現金の代替ではなく、現金を補完する形で機能することが想定されています。多様な決済手段を提供し、国民の選択肢を広げることが目的です。
- ユニバーサルアクセス: 誰もがアクセスできる公平な決済手段となるよう、利用のハードルを低くすることが目指されています。
- 金融システムの安定性: 既存の商業銀行システムとの共存を重視し、デジタル・バンクランのリスクを回避するための設計が検討されています。
- プライバシーとセキュリティ: 国民のプライバシー保護を最大限に尊重しつつ、マネーロンダリング対策とのバランスを取る設計が模索されています。
官民連携の重要性
日本銀行は、CBDCの導入が、単なる技術的な問題ではなく、社会全体に影響を及ぼす広範な課題であると認識しており、政府、民間金融機関、決済サービス事業者、そして一般国民との対話と連携を極めて重視しています。CBDCフォーラムを通じて、様々なステークホルダーからの知見やフィードバックを得ながら、将来のデジタル円のあり方を多角的に議論しています。これは、CBDCが社会インフラとして広く受け入れられ、適切に機能するための不可欠なプロセスと言えるでしょう。日本銀行のCBDCに関する最新情報はこちらから参照できます: 日本銀行:中央銀行デジタル通貨に関する検討
国際的な協調と標準化の模索:未来のグローバル決済システムへ
CBDCは、各国の国内決済システムに大きな変革をもたらすだけでなく、国境を越えた国際決済や金融の安定性にも深く関わるため、国際的な協調と標準化の動きが不可欠となっています。通貨主権という各国の重要な原則を尊重しつつ、どのようにグローバルな相互運用性を確保していくかが大きな課題です。BISの主導による多国間プロジェクト
国際決済銀行(BIS)は、CBDCに関する研究と国際的な協調を主導する中心的な役割を担っています。BISのイノベーションハブは、CBDCのクロスボーダー決済に関する様々なパイロットプロジェクトを推進しています。- Project mBridge: 中国、タイ、香港、アラブ首長国連邦の中央銀行と連携し、多国間CBDCプラットフォームを通じて、国際送金の効率化とコスト削減を目指すプロジェクトです。ホールセール型CBDCに焦点を当て、複数の中央銀行が発行するCBDCを一つのプラットフォーム上で交換することで、中間業者を介さない直接的な決済を実現しようとしています。
- Project Icebreaker: ノルウェー、スウェーデン、イスラエルの中央銀行と共同で、異なる国のCBDCシステム間の相互運用性を探るプロジェクトです。異なる技術スタックを持つCBDCシステムがどのように連携し、クロスボーダー決済を円滑に行えるかを検証しています。
G7、G20、IMFにおける議論
G7(主要7カ国)、G20(主要20カ国・地域)、そして国際通貨基金(IMF)といった主要な国際フォーラムでも、CBDCに関する議論が活発に行われています。これらの場では、以下のようなテーマが中心となっています。- CBDCの国際的な原則と標準: プライバシー保護、サイバーセキュリティ、金融安定性といった共通の懸念事項に対する国際的なガイドラインやベストプラクティスの策定。
- 相互運用性(Interoperability): 異なる国のCBDCシステムが円滑に連携し、国境を越えた決済を可能にするための技術的・制度的フレームワークの構築。
- 通貨主権と国際金融システムの安定: CBDCの導入が、各国の通貨主権や国際的な金融安定性にどのような影響を与えるか、特に基軸通貨国と非基軸通貨国との間の力関係の変化などについて、慎重な検討が行われています。
国際決済銀行(BIS)のCBDCに関する研究はこちら: BIS Innovation Hub projects on CBDCs
CBDCの導入は、単に決済技術の進化に留まらず、国家の金融主権、個人のプライバシー、そしてグローバルな金融秩序の再編にまで影響を及ぼす可能性を秘めた、21世紀最大の金融イノベーションの一つです。各国の動向と国際的な協調の行方は、今後の世界経済の姿を大きく左右することになるでしょう。CBDCとは具体的にどのようなものですか?
CBDC(中央銀行デジタル通貨)は、各国の中央銀行が発行・管理する法定通貨のデジタル版です。現金と同様に、その価値は中央銀行によって保証されており、民間の暗号資産やステーブルコインとは異なります。主に、決済の効率化、金融包摂の推進、金融政策の新たなツールとしての可能性が期待されています。
CBDCはビットコインやステーブルコインとどう違うのですか?
ビットコインのような暗号資産は非中央集権的で、価格変動が大きく、特定の国や中央銀行によって保証されていません。ステーブルコインは、米ドルなどの法定通貨に価値をペッグしようとしますが、民間企業が発行し、その準備資産の透明性や信用リスクが課題となる場合があります。一方、CBDCは中央銀行が直接発行・保証する「法定通貨」であり、その価値は安定しており、国家の信用によって裏付けられています。
デジタルドルはいつ発行されますか?
米国連邦準備制度理事会(FRB)は、現時点ではデジタルドルの発行を決定していません。FRBはデジタルドルの潜在的なメリットとリスクについて広範な研究と議論を進めており、その導入には議会の明確な承認が必要であるという慎重な立場を維持しています。まだ具体的な発行時期の目処は立っていません。
CBDCは私のプライバシーを侵害する可能性がありますか?
CBDCはすべての取引がデジタル記録されるため、設計によっては中央銀行や政府が個人の金融活動を追跡できる可能性があり、プライバシー侵害への懸念が指摘されています。多くの国では、プライバシー保護とマネーロンダリング対策のバランスを取るための工夫が検討されており、例えば、少額決済には匿名性を確保し、高額決済や疑わしい取引には特定の条件下で追跡可能にするなどのアプローチが議論されています。
CBDCは商業銀行の役割をなくしてしまいますか?
多くの国で検討されているCBDCの設計は、商業銀行の役割をなくすことを意図していません。むしろ、商業銀行はCBDCエコシステムにおいて、顧客インターフェースの提供、本人確認(KYC)、アンチマネーロンダリング(AML)といった重要な役割を担うことが想定されています。CBDCが導入されても、銀行は預金受入、貸出、決済サービス提供者として、引き続き金融システムの中核を担うと考えられています。
日本はデジタル円を発行する予定ですか?
日本銀行は、現時点ではデジタル円を発行する具体的な計画はありません。しかし、将来的な状況変化に備えるため、デジタル円の概念実証(フェーズ1、フェーズ2)を完了し、現在は民間企業との連携による実証実験を進めています。日本銀行は、デジタル円が現金を補完する役割を果たすこと、ユニバーサルアクセスを確保すること、そして金融システムの安定性を維持することを重視しています。
