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核融合エネルギーとは何か?その基本原理

核融合エネルギーとは何か?その基本原理
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2022年12月13日、米国ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)の国立点火施設(NIF)は、レーザー核融合実験において、投入エネルギーを上回る純エネルギー(NETゲイン)の発生に成功したと発表しました。これは、人類が長年追い求めてきた「無限のクリーンエネルギー」への扉を開く、まさに歴史的な瞬間であり、核融合研究の長い歴史における決定的な転換点として世界に衝撃を与えました。この画期的な成果は、核融合エネルギーが単なる科学的幻想ではなく、現実のものとして私たちの手の届くところにあることを示唆しています。数十年にわたる地道な研究と、途方もない技術的挑戦が実を結んだこの出来事は、科学界だけでなく、エネルギー産業、政策立案者、そして一般市民に至るまで、核融合への期待と関心を劇的に高めました。特に、地球温暖化問題が喫緊の課題となっている現代において、二酸化炭素を排出しない究極のクリーンエネルギー源として、核融合は未来のエネルギーソリューションの最有力候補として再び脚光を浴びています。

核融合エネルギーとは何か?その基本原理

核融合エネルギーとは、太陽の中心部で起こっている現象を地上で再現し、エネルギーを取り出す試みです。原子核が結合(融合)する際に放出される膨大なエネルギーを利用するもので、現在の原子力発電がウランの原子核分裂を利用するのとは対照的です。核融合反応の主な燃料は、海水から容易に得られる重水素と、リチウムから生成できる三重水素(トリチウム)です。これらの燃料はほぼ無尽蔵であり、地球上のどこでも調達可能です。 核融合反応を起こすには、燃料である重水素と三重水素の原子核を極めて高い温度(1億度以上)に加熱し、超高温のプラズマ状態を作り出す必要があります。このプラズマを十分な密度と時間、閉じ込めることが成功の鍵となります。プラズマは電気を帯びた粒子からなるため、強力な磁場やレーザーを用いて閉じ込める技術が研究されています。核融合反応が進むと、ヘリウム原子核と中性子が生成され、この中性子が持つ運動エネルギーを熱として回収し、発電に利用します。この「プラズマ」とは、物質が固体、液体、気体の次に取る第四の状態であり、原子が電子と原子核に分かれて運動している電離気体のことです。太陽や星の内部もプラズマ状態であり、核融合反応が起こるためには、このプラズマを「ローソン条件」と呼ばれる特定の温度、密度、閉じ込め時間の積が一定値以上になるように維持する必要があります。この条件を達成することが、核融合研究の最大の目標の一つです。

燃料としての重水素と三重水素

重水素は、通常の水素原子が中性子を1つ多く持つ同位体であり、海水1リットルあたり約30ミリグラム含まれています。これは、わずか1リットルの海水から、ガソリン約300リットル分のエネルギーを取り出すことができる計算になります。一方、三重水素は、中性子を2つ持つ同位体で、自然界にはほとんど存在しませんが、核融合炉の運転中にリチウムと中性子を反応させることで自己生成が可能です。これにより、核融合は事実上、無限に近い燃料供給源を持つことになります。重水素(D)と三重水素(T)を用いるD-T反応が最も反応が起こりやすく、現在の研究の主流ですが、他にも重水素同士のD-D反応や、重水素とヘリウム3(He3)を用いるD-He3反応なども研究されています。D-D反応は燃料の調達がさらに容易ですが、D-T反応よりも反応条件が厳しく、発生するエネルギーも少ないため、現在の技術レベルではD-T反応が最も現実的な選択肢とされています。D-He3反応は放射性廃棄物がほとんど出ないという理想的な特性を持ちますが、ヘリウム3は地球上には非常に希少なため、月面からの調達など、別の課題が存在します。

核分裂との根本的な違い

核融合エネルギーは、核分裂エネルギーと比較していくつかの決定的な利点があります。まず、核融合反応は連鎖反応を伴わないため、暴走事故のリスクがありません。万が一、炉が異常をきたしても、プラズマの温度が下がり、反応は自然に停止します。また、高レベル放射性廃棄物の発生量が極めて少なく、発生する放射性廃棄物も短寿命であり、環境負荷が大幅に軽減されます。さらに、核燃料サイクルにおける核拡散リスクも極めて低いとされています。核分裂炉から生じる使用済み核燃料は、放射能レベルが高く、数万年という長期間にわたる厳重な管理が必要です。これに対し、核融合炉で発生する放射性廃棄物の主なものは、中性子照射によって放射化された炉の構造材です。これらの廃棄物は、放射能レベルが比較的低く、数十年から数百年で安全なレベルまで減衰するため、地層処分のような複雑な長期管理は不要とされています。また、核融合炉の燃料や反応生成物には、核兵器に転用可能な物質が含まれないため、核拡散のリスクも本質的に低いという特徴があります。
重水素
主要燃料
1億℃以上
プラズマ温度
高密度
プラズマ密度
短寿命
放射性廃棄物
本質的に安全
事故リスク

歴史的背景と主要なマイルストーン

核融合研究の歴史は、20世紀半ばにまで遡ります。1950年代には、アメリカ、ソ連(当時)、イギリスで秘密裏に核融合研究が開始され、その後、国際的な協力へと発展していきました。初期の研究は、プラズマの生成と閉じ込めに関する基本的な理解を深めることに重点が置かれていました。核融合の可能性は、1930年代にハンス・ベーテによって太陽のエネルギー源として提唱され、第二次世界大戦後には兵器開発の一環として研究が進められました。しかし、平和利用の可能性に目が向けられるようになり、1958年のジュネーブ「原子力の平和利用に関する国際会議」で、各国の核融合研究が初めて公開されました。この時、ソ連のイゴール・タムとアンドレイ・サハロフが考案したトカマク型装置の概念が世界に紹介され、その後の磁場閉じ込め研究の方向性を決定づけることになります。初期の研究は、プラズマを磁場で安定して閉じ込めることの難しさに直面しましたが、様々な装置や理論的アプローチが試みられました。
イベント 成果 組織/国
1950年代 核融合研究開始 理論的基盤の構築 米国、ソ連、英国など
1958年 ジュネーブ会議で研究公開 トカマク型概念の発表 国際協力へ転換
1968年 ソ連のトカマク型装置T-3 安定したプラズマ閉じ込めを実証 ソ連(クルチャトフ研究所)
1985年 ITER設立合意 国際協力の枠組み形成 米国、EU、日本、ソ連
1991年 JETで重水素-三重水素燃焼 世界初の重水素-三重水素反応 EU(JET)
1997年 JETでQ=0.67達成 世界最高の核融合出力(16MW) EU(JET)
2021年 NIFで点火条件に迫る 1.3 MJの出力エネルギーを達成 米国(LLNL, NIF)
2022年 JT-60SA稼働開始 世界最大の超伝導トカマク 日本、EU(QST, F4E)
2022年12月 NIFでNETゲイン達成発表 歴史的ブレークスルー 米国(LLNL, NIF)
1968年には、ソ連のトカマク型装置T-3が、当時としては画期的なプラズマの閉じ込め性能を示し、核融合研究の主流がトカマク型へと傾くきっかけとなりました。その後、世界各国で大型トカマク装置が建設され、プラズマの性能向上に向けた競争が激化しました。1990年代には、欧州のJET(Joint European Torus)が重水素-三重水素燃料を用いた運転に成功し、1997年には投入エネルギーの67%にあたる16メガワットの核融合出力(Q=0.67)を達成しました。JETの成果は、核融合反応が地上で実現可能であるという強力な証拠となり、実用化に向けた大きな自信を与えました。この記録は、2021年のNIFによるブレークスルーまで、単一の核融合実験における世界記録として保持されていました。これらの成果は、核融合反応が地上で実現可能であることを明確に示しましたが、実用化にはまだまだ多くの課題が残されていました。しかし、数十年間にわたる地道な研究と技術革新が、今日の画期的なブレークスルーへと繋がっているのです。特に、超伝導技術の進歩は、強力な磁場を効率的に生成し、長時間の運転を可能にする上で不可欠な要素となり、ITERのような次世代の大型装置の実現を可能にしました。

主要な研究プロジェクトと技術的アプローチ

核融合エネルギーの実用化を目指し、世界中で様々な研究プロジェクトが進行しており、主に「磁場閉じ込め方式」と「慣性閉じ込め方式」の二つの技術的アプローチが採用されています。

磁場閉じ込め方式:トカマクとステラレーター

磁場閉じ込め方式は、超高温のプラズマを強力な磁場で閉じ込める方法です。プラズマは電気を帯びているため、磁力線に沿って運動させることができます。しかし、プラズマは非常に気まぐれな存在であり、磁場のわずかな乱れや圧力勾配によって容易に不安定化し、閉じ込めが損なわれることがあります。この不安定性を制御し、プラズマを安定して閉じ込めることが、磁場閉じ込め方式の最大の課題であり、研究の焦点となっています。 * **トカマク型(Tokamak):** 最も研究が進んでいる方式で、ドーナツ状の容器(トーラス)の内部にコイルで強力な磁場を作り、プラズマを閉じ込めます。プラズマ自身に電流を流すことで、プラズマを安定させ、閉じ込め性能を高める特徴があります。世界最大の核融合実験炉であるITER(イーター)もこのトカマク型を採用しています。日本が主導するJT-60SAも超伝導トカマクとして、ITERの運転シナリオ開発に貢献しています。トカマク型は高いプラズマ密度と温度を達成しやすい反面、プラズマ内部の電流が不安定性を引き起こしやすく、「ディスラプション」と呼ばれるプラズマの急激な崩壊現象が発生することがあります。これは炉壁に大きなダメージを与える可能性があるため、ディスラプションの予測と回避、あるいは被害軽減策の開発が重要な研究課題です。ITERは、これらの課題を克服し、核融合反応で投入エネルギーの10倍のエネルギー(Q=10)を20分間維持することを目指しており、商業炉実現への決定的な橋渡し役となることが期待されています。 * **ステラレーター型(Stellarator):** トカマク型と同様に磁場でプラズマを閉じ込めますが、プラズマに電流を流す必要がないため、原理的に定常運転に適しています。しかし、磁場コイルの形状が非常に複雑になるため、設計と建設が困難であるという課題があります。ドイツのヴェンデルシュタイン7-X(W7-X)が代表的なステラレーターで、長時間のプラズマ運転に成功しています。W7-Xは、その複雑な磁場コイルの設計によって、トカマク型で問題となるディスラプションのリスクを低減し、長時間の連続運転を可能にする特徴を持っています。しかし、その製造コストと精巧な設計は、商業炉としての経済性や量産性において課題となる可能性があります。現在、W7-Xは世界で最も先進的なステラレーターとして、閉じ込め性能の向上と定常運転の限界を探る研究を進めています。

慣性閉じ込め方式:レーザー核融合

慣性閉じ込め方式は、燃料ペレット(重水素と三重水素の混合物)を強力なレーザーで瞬間的に圧縮・加熱し、核融合反応を起こす方法です。極めて短時間で超高密度・超高温状態を作り出すことで、プラズマが慣性によって飛散する前に核融合反応を完了させます。この方式では、燃料ペレットをミリメートルサイズに精密に加工し、それを複数のレーザービームで一斉に照射します。NIFでは「間接照射方式」が採用されており、レーザーエネルギーはまず高Z物質(金など)でできた小さな容器(ホウラム)に照射され、そこでX線に変換されます。このX線が燃料ペレットを圧縮・加熱し、中心部に「ホットスポット」と呼ばれる超高温・超高密度のプラズマを生成することで核融合反応を誘発します。 * **国立点火施設(NIF):** 米国ローレンス・リバモア国立研究所にあるNIFは、世界最大のレーザー核融合施設であり、192本の強力なレーザービームを用いて、ミリメートルサイズの燃料ペレットを圧縮します。前述のNETゲイン達成はこのNIFで行われました。この成功は、レーザー核融合がエネルギー源として実現可能であることを示唆するものであり、今後の研究開発に大きな弾みをつけることになります。NIFの「NETゲイン達成」とは、核融合燃料に与えられたレーザーエネルギーよりも、核融合反応によって放出されたエネルギーが上回ったことを意味します。これは、核融合が物理的に「点火」可能であることを示した画期的な成果ですが、発電に利用するためには、レーザーシステム全体の効率や、ペレットの繰り返し照射技術など、さらなる技術革新が必要です。 **これらの主要なアプローチの他にも、磁気ターゲット核融合(MTF)や、Zピンチ、フィールドリバースコンフィギュレーション(FRC)など、よりコンパクトで経済的な核融合炉を目指す様々な研究開発が世界中で進められています。これらのアプローチは、それぞれ異なる物理原理と工学的課題を持つため、核融合実用化への多様な可能性を探る上で重要な役割を果たします。**
閉じ込め方式 原理 利点 課題
トカマク型 強力な磁場によるプラズマ閉じ込め 最も研究が進む、高いプラズマ密度と温度 プラズマ不安定性(ディスラプション)、定常運転の難しさ
ステラレーター型 複雑な磁場コイルによるプラズマ閉じ込め 定常運転が可能、プラズマ安定性 複雑なコイル設計、建設コスト
慣性閉じ込め型 高出力レーザーによる燃料圧縮・加熱 瞬間的に超高密度・高温を達成、原理が単純 高繰り返し運転の難しさ、レーザー効率、燃料ペレット供給
磁気ターゲット核融合など 磁場と慣性のハイブリッド コンパクト化、高い効率の可能性 未成熟な技術、物理の検証

近年のブレークスルーと加速する民間投資

2022年12月、NIFでのNETゲイン達成は、核融合研究における半世紀以上にわたる努力が報われた瞬間であり、今後のエネルギー情勢を大きく変える可能性を秘めています。この成功は、科学技術的な観点だけでなく、核融合エネルギーに対する社会的な認識と投資環境にも大きな影響を与えました。NIFの成果は、投入されたレーザーエネルギー(約2.05 MJ)に対して、核融合出力が約3.15 MJを記録したというもので、エネルギー利得率(Q値)は約1.5となりました。これは、外部から燃料に供給されたエネルギーに対して、核融合反応が初めて純エネルギーを生み出したことを意味します。この「点火」の達成は、核融合炉の設計概念を大きく見直すきっかけとなり、これまで慎重だった投資家や企業も、核融合の商業化が現実的であると判断し始めたのです。
"NIFの成果は、核融合エネルギーが机上の空論ではなく、物理的に実現可能であることを明確に示しました。これは、単なる科学的な進歩にとどまらず、世界のエネルギー安全保障と気候変動対策にとって極めて重要な意味を持ちます。"
— 山田 太郎(仮名), 核融合エネルギー政策研究所 所長
このブレークスルーを受けて、世界中で核融合エネルギーへの投資が加速しています。特に注目すべきは、民間企業の参入とその活発な活動です。以前は国家主導の大規模プロジェクトが中心でしたが、近年では、スタートアップ企業が独自の技術やアプローチで核融合発電の実用化を目指しており、数十億ドル規模の資金調達が相次いでいます。2020年以降、民間核融合企業への投資は指数関数的に増加しており、2022年には年間30億ドル以上、累計では60億ドルを超える資金が投入されたと推定されています。これは、技術的な進歩に加え、クリーンエネルギーへの世界的な需要の高まり、そしてカーボンニュートラル社会実現への強い政治的・経済的インセンティブが背景にあります。政府も、民間企業の活動を支援するための新たな助成金制度や規制緩和を検討し始めており、官民連携による開発競争が激化しています。
民間核融合企業への年間投資額推移(推定)
2010-2019年累計~2億ドル
2020年~10億ドル
2021年~20億ドル
2022年~30億ドル

民間企業の台頭と多様なアプローチ

米国、英国を中心に、Commonwealth Fusion Systems (CFS)、Helion Energy、Tokamak Energy、General Fusionなど、多くの核融合スタートアップが登場しています。これらの企業は、革新的な超伝導磁石、先進的なプラズマ加熱技術、あるいは全く新しい概念(例:磁気ターゲット核融合)を開発し、より小型で経済的な核融合炉の実現を目指しています。彼らは、国家プロジェクトとは異なるスピード感とリスクテイクで、商業炉の早期実現を目指しており、その進展はめざましいものがあります。 例えば、CFSはMITと共同で、強力な高温超伝導磁石を用いた小型トカマク炉「SPARC」を開発中で、既にNETゲイン達成に必要な磁場強度を実証しています。彼らは、従来の超伝導コイルよりもはるかに強力な磁場を発生させることで、炉を大幅に小型化し、コストを削減できると主張しています。Helion Energyは、D-He3反応という別の核融合反応を目指しており、直接電力変換の可能性を探っています。これは、熱エネルギーを介さずに核融合反応から直接電気を取り出す技術であり、発電効率の劇的な向上と設備コストの削減が期待されています。Tokamak Energyは、球状トカマクと呼ばれる小型で高効率なトカマク設計を追求し、高磁場超伝導技術を組み合わせています。General Fusionは、液体金属でプラズマを圧縮する磁気ターゲット核融合(MTF)というユニークなアプローチで、コスト効率の高い実用炉を目指しています。これらの企業は、それぞれ異なるアプローチで核融合の「聖杯」を追い求めており、その多様性がイノベーションを加速させています。

克服すべき課題と実用化への道のり

NIFの成功は確かに大きな一歩でしたが、核融合発電所の商業運転にはまだ多くの技術的、工学的な課題が残されています。これらの課題は単一の分野に留まらず、物理学、材料科学、工学、情報科学など、多岐にわたる学際的なアプローチが求められます。

技術的課題:Q値の向上と材料開発

NIFの成功は実験室規模での「点火」でしたが、実際の発電所では、投入する電力に対して遥かに大きなエネルギー(Q値が10以上、できれば30以上)を持続的に生成する必要があります。これを実現するには、プラズマのさらなる安定化と閉じ込め性能の向上が不可欠です。特に、長時間の安定運転には、プラズマの乱れ(例えば「ELM」と呼ばれるエッジ局在モード)を抑制し、プラズマと炉壁の相互作用を制御する技術が重要となります。また、核融合反応で発生する高エネルギーの中性子に耐えうる、新たな材料の開発も重要な課題です。現在使用されている材料では、中性子照射による劣化が激しく、炉壁の寿命が短くなってしまいます。このため、中性子照射に強く、トリチウムの生成効率も高い「低放射化フェライト鋼」や「SiC複合材料」などの開発が進められています。トリチウムの自己増殖(ブリーディング)技術の確立も、燃料供給の持続可能性を確保する上で欠かせません。核融合炉のブランケットと呼ばれる部分で、リチウムと中性子を反応させて三重水素を生成する技術ですが、高い効率と安全性を両立させるための設計と実証が求められています。さらに、炉内部の遠隔保守技術や、燃料サイクルの確立も、商業炉の実現には不可欠な要素です。

工学的・経済的課題:コストとスケールアップ

核融合炉は、超伝導磁石、極低温システム、高出力レーザー、真空容器など、最先端の技術と複雑な工学を組み合わせた巨大な装置です。その建設には莫大なコストがかかります。ITERプロジェクトの総工費は200億ユーロを超えると見積もられており、商業炉が経済的に競争力を持つためには、大幅なコスト削減と小型化が求められます。民間企業は、このコスト課題に対し、モジュール化、量産化、新たな設計思想で挑んでいます。核融合発電の「均等化発電原価(LCOE)」を、太陽光や風力、既存の原子力発電、火力発電と比較して競争力のあるレベルに引き下げることが、商業化の鍵となります。これには、建設コストだけでなく、運転・保守コスト、燃料コスト、廃棄物処理コストなど、ライフサイクル全体での費用を考慮する必要があります。また、実験炉から商業規模の発電所へのスケールアップには、単に装置を大きくするだけでなく、新たな工学的課題や安全性に関する規制の確立も必要です。民間企業は、既存のインフラや製造プロセスを最大限に活用し、建設期間の短縮やサプライチェーンの最適化を図ることで、経済的な実現可能性を高めようと努力しています。
"核融合は、技術的には「可能」であることが示された。次のステップは、「経済的に実現可能」であることを証明することだ。そのためには、革新的な材料、製造プロセス、そしてビジネスモデルが必要となるだろう。"
— 佐藤 健太(仮名), エネルギー経済学者

経済的、社会的、環境的影響:無限のクリーンエネルギーの可能性

核融合エネルギーが実用化されれば、その影響は計り知れません。

経済的インパクト

* **エネルギー供給の安定化:** 燃料である重水素が海水から得られるため、特定の国に偏在する化石燃料のように地政学的なリスクが少ないです。これは、世界のエネルギー安全保障を劇的に向上させ、エネルギー価格の安定化に寄与します。輸入に頼る必要がない国産エネルギー源となることで、各国のエネルギー自給率を高め、国際的なエネルギー市場の変動から受ける影響を緩和できます。 * **新たな産業の創出:** 核融合炉の建設、運転、メンテナンスには、超伝導、材料科学、ロボット工学、AIなど、様々な分野での高度な技術が必要とされます。これにより、新たな雇用が生まれ、グローバルな産業エコシステムが構築されるでしょう。特に、高温超伝導技術、先進的な遠隔操作ロボット、高機能センサー、AIによるプラズマ制御などは、核融合産業の発展を通じて他のハイテク産業にも波及効果をもたらし、技術革新全体の牽引役となる可能性があります。 * **競争力の向上:** 核融合技術を早期に確立した国や企業は、世界のエネルギー市場において圧倒的な競争優位性を獲得する可能性があります。

社会的インパクト

* **エネルギーアクセスの改善と地域社会の発展:** 核融合エネルギーは、発展途上国におけるエネルギーアクセス問題を解決する可能性も秘めています。分散型電源として機能する小型核融合炉が開発されれば、インフラが未整備な地域でも安定した電力を供給できるようになり、経済発展と生活水準の向上に大きく貢献するでしょう。また、核融合炉は安定したベースロード電源として機能するため、変動の大きい再生可能エネルギーを補完し、電力系統全体の安定化にも寄与します。これにより、社会全体のエネルギー供給がより強靭でレジリエントなものとなることが期待されます。 * **生活の質の向上:** 安定した安価なエネルギー供給は、産業活動を活性化させ、快適な生活を支える基盤となります。エネルギー貧困の解消にも繋がり、人類全体の生活の質の向上に貢献するでしょう。

環境的インパクト

* **気候変動対策の切り札:** 核融合反応は、二酸化炭素などの温室効果ガスを一切排出しません。化石燃料への依存を劇的に減らし、地球温暖化問題の解決に貢献する究極のクリーンエネルギー源となり得ます。これは、パリ協定の目標達成や、2050年カーボンニュートラル社会の実現に向けた、最も強力な手段の一つとなりえます。 * **放射性廃棄物の問題解決:** 核分裂炉のような長寿命の高レベル放射性廃棄物を生成しません。発生する廃棄物も、炉の構造材が中性子照射によって放射化されたものですが、その放射能レベルは比較的低く、数十年から数百年で安全なレベルまで減衰します。これは、既存の最終処分場が抱える長期的な管理問題や、地域社会との合意形成の難しさを大幅に軽減するものです。短寿命の低レベル放射性廃棄物として処理できるため、環境への影響は最小限に抑えられます。 * **事故リスクの低減:** 核融合炉は、連鎖反応が起きないため、メルトダウンのような重大事故の心配がありません。燃料が少量ずつ供給されるため、燃料が暴走して炉が損傷するような事態も起こりません。 これらの利点から、核融合エネルギーは、持続可能な社会を実現するための究極のソリューションとして期待されています。

国際競争と地政学的側面

核融合エネルギーの商業化は、21世紀のグローバルパワーバランスを再構築する可能性を秘めています。クリーンでほぼ無限のエネルギー源を最初に手中に収めた国は、経済的、政治的な優位性を確立するでしょう。これは、従来の化石燃料やウラン資源の権益を巡る地政学的対立を緩和し、新たなエネルギー供給体制を構築する上で決定的な役割を果たす可能性があります。 現在、核融合研究は、米国、EU、日本、中国、韓国、インド、ロシアといった主要国が参加する国際協力プロジェクトITERを筆頭に、各国が独自の研究開発にも力を入れています。特に米国と中国は、国家レベルでの巨額の投資を行い、技術覇権を争っています。各国の技術開発競争は熾烈であり、特に民間企業の台頭は、この競争に新たなダイナミクスをもたらしています。知的財産(IP)の確保も重要な側面であり、各国・企業は、自国の技術的優位性を確立するために、特許戦略にも力を入れています。 * **米国:** LLNLのNIFでの成果は、米国が慣性閉じ込め方式で一歩リードしていることを示しました。また、米国は民間核融合スタートアップへの投資も活発で、政府と民間が一体となってイノベーションを推進しています。米国エネルギー省は、核融合エネルギー開発を加速するための戦略的なロードマップを策定し、数々の支援プログラムを展開しています。 * **中国:** 中国は、EAST(Experimental Advanced Superconducting Tokamak)などの大型トカマク装置で長時間プラズマ運転の記録を更新するなど、磁場閉じ込め方式で急速に実力をつけています。国家主導で大規模な研究開発を進め、2030年代には核融合炉の実証を目指すとしています。その目標達成に向けた投資規模とスピードは、世界的に注目されています。 * **EU・日本:** ITERプロジェクト